故きを温ね(8)祇園御霊会〈2〉祇園会の京都通いの始まりは

折に触れ、書いたり話したりしてきましたので、
「両手の会」と言うだけで、ごく身近な方々はすべてを察してくださいます。
そうそう、日経新聞に連載したエッセイにも一度書きました(2008.07.12)。
掲載予定日がちょうどその年の「同窓会」初日にあたっていたので、今年は何が見られるかしら、と、わくわくしながら書いたのでした。

 参照→新百合AOI倶楽部電子版 
      http://park19.wakwak.com/~haiku575/
      日経「耳澄ま」アーカイブ2008年の項

それとは別に、俳句誌に書かせていただいた記事を2つ見つけました。

まず、「俳壇」2006年9月号「私の宝物」(コラム名)からの抜粋。
掲載した写真も、なんと珍しいことに探し出せましたが、うまくアップロードできず、今回は写真無し。


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 私にとって宝とは、モノより人である。人との縁が何より大切と、近頃、前にもまして思う。

 その1つに大阪在住期間中にできた「両手の会」がある。同世代主婦による子連れ吟行を主たる目的とする会である。途中でメール句会に形を変えて10年に及ぶ継続は、メンバー5名の努力の賜に他ならないが、結成に到る過程で2人の先達から大きなヒントを戴いている。

 その2人とは故・飴山実氏と西村和子氏である。

 ある冬の日、飴山氏が「筍のときの人たちとはどうなった?」と尋ねられた。氏を主宰とする筍掘り句会(単発)でメンバーの何人かとすでに同席していたのだ。が、子育ての慌ただしさにかまけてそれきりになっていたことに、そのとき気づかされたのだった。また西村氏は「子育て期の俳句作りは大変だけど面白いのよ。連れていらっしゃいよ」とご自身の句会にお誘い下さったし、実践中の先輩として田中裕明・森賀まり夫妻をご紹介下さったのも氏だ。

 実際に行動を起こしたのは私たち自身であるが、さまざまな縁が交わり合って、その必然として生まれてきたものに思われてならない。

 2005年春、初めて5名揃って吟行をした(1名が当初より通信参加につき)。前年末、良き理解者だった田中さんが亡くなり、それぞれの思いを胸にあの筍山の麓に集まったのだ。山藤の盛りであった。写真は行きがかった大学生に撮ってもらった。この後まりさんがこけるというハプニングつき。

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この日の夜、生前田中さんが好まれた店で、少しめそめそしながらお酒を舐め(呑みではない)、「祇園祭にも行ったよね~」という話になりました。
毎年祇園祭のときに同窓会をしようよ、と思いつきを口にしたのは私です。
早速今年から、と夏に出直して行って、「ほんまに来たな」と言われましたが、
何であれ、始まりとはそういうものでしょう。

次は、今は無き、月刊だったころの「俳句研究」に3か月連載したエッセイ「俳句再考」より。2006年10月号掲載。

タイトルは「主婦のたくらみ」!

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7月16日、私は浮御堂で琵琶湖の風に吹かれていた。当初の予定では祇園祭の渦中にいて、巡行を明日に控えた山鉾を見上げているはずだったので、なんだか夢の中にいるようだった。夢のわりには強い風だったが。

神奈川に住んですでに7年になるが、大阪在住時代に子連れ吟行を共に楽(苦)しんだ「両手の会」という同世代主婦グループがある。メンバーは5名。今ではメールによる句会に完全に形を変えているが、去年から両手を空けて(子どもを連れず)吟行を始めた。

メンバーの森賀まりさんのご主人(田中裕明氏)のご逝去が、大阪と神奈川に離れ住む私たちを再び結集させたのだ。とは言え、そうしばしば会うことはできない。また、都合のよいときになどと言っていたのでは実現が覚束ない。そこで、当分の間は年1回祇園祭に、ということを思いついたのである。子どもが夏休みに入る直前の微妙な時期だけに、今は難しさもあるが、祇園祭ならば日程が読めるうえ「鎮魂」の意味合いを籠めることもできる。毎年ポイントを変えながら共に見続けていく対象として最適ではないかと考えたのだ。

そういう経緯で第2回祇園祭吟行会を企てた。更にご縁の糸にひきよせられてと言おうか、今は無き結社「ゆう」の有志の方々の句会に同席することにもなり、京都入りする前に琵琶湖の風に吹かれることになったのだった。

この短い旅の前後、家庭の都合や仕事のスケジュールが「何故よりによってこのときに?」という重なり合い方をして、目を回しかけていた。が、現役であるとはそういうことだろう。まなじりを決して確保した時間が短くても、今このとき俳句とピュアに向き合えればそれでいい。

実際、両手を空けて湖のあたりに佇もうなどとは、10年前なら考えもしなかった。それを思えば、今も現役の母とは言ってみるものの、全く趣を異にする。そしてこの現役感はこの先10年でまた激変するであろう。嬉しいような、寂しいような。

ともあれ、琵琶湖の風に祓われて佳きひとときであった。

翌日の山鉾巡行はみごとな大雨。ずぶ濡れになりながら浮かれて回った。去年は辻回し、今年は長刀鉾の稚児さんがしめ縄を切り落とすところを間近で見た。たんっ、というあの音、決して忘れない。

去年は句会をする間も惜しんで(?)歩き回ったが、今年は雨よけとはいえ句会をする余裕すらあった。メンバーの福本めぐみさんのご主人恵夢さんも加わって下さり、なかなか充実した句会だったと思う。田中さんもご存命だったら、ここにいてくださっただろうか……。

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「たくらみ」は当たり、わが家では7月半ばの土日は母不在、が不文律となっています。
たくらみをもっと増やそうと、日々たくらんでいますが、
そうこうするうちに、たくらまなくても出られるようになってしまうのでしょう。

まさに、嬉しいような、寂しいような、でありまする。
                                       (髙田正子)


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by shinyurikara | 2012-08-09 10:50 | 故きを温ね  

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