てくてく武蔵野(7)生麦麦酒工場

7月24日(水)、今日の行き先は生麦。
今は麒麟麦酒工場で有名ですが、田舎育ちの私にとっては最初に歴史の授業で知った地名です。

学校では血なまぐさい事件のことしか教わりませんでしたが、
麦酒工場の地としても古く、発祥は明治のはじめまで遡るようです。
今となっては、事件も麦酒も同じくらい昔と言えましょう。

明治21年のラベル。
古来動物が描かれている洋酒のラベルにならい、東洋の「動物」として麒麟が選ばれたのだそうです。

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生麦へは神奈川へ引っ越してきた年(たぶん)に一度来ています。
子どもの留守狙いの吟行句会を起ち上げた当初で、小学校が退けるまでに戻らなければなりませんから、もちろん工場見学はパス。
庭のあたりを嵐のように駆け抜けたのみです。

  蒲の穂の打ち合ふ薄き光かな   正子

は、このときの句だったはずです。
また、メンバーのおひとりのお嬢さんが、休校日で一緒にいらしていました。

  畏まる少女のまへにソーダ水   正子

すごく緊張して可愛らしかった彼女も、もう社会人なのですって。

その日帰り際に、通路にプランターが(記憶の中では2つ並んで)出されているのに気づきました。
ふさふさ青々として何だろうと近づくと、名札に「ホップ」と。 
これが! というのが唯一の麦酒工場らしい思い出です。

今日は工場内の見学通路に、麦芽とホップが展示されていました。
つまみ上げるとほろほろと崩れ、苦いような甘いような匂いがしました。

  干しあげてホップに旱星の色   正子

試飲コーナー(というより立派な食堂ですが)には、ビールの出る蛇口がずらりと並んでいて、できたてのビールを3杯まで試せるのだそうです。
世間では駆けつけ3杯と言ったりしますが、3杯は私にとっていっぱいです。
おいしいのに。
くやしいなあ。

  横浜の由緒正しき麦酒とも         正子
  ほらささやいてゐる樽の生ビール
  飲み干せぬこともたのしきビールかな

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このかたはガンブリヌスという独逸から渡来した麦酒の神さまだそうです。
虚子の『武蔵野探勝』には「ガンブリス」として登場しています。

「紅毛の寿老人のやうなその神さまは、便々たる麦酒太りの腹をつきだし、その腹のやうな麦酒樽にどかと腰を卸してゐた。(第60回昭和10年7月7日の項 富安風生)」

工場敷地内のパブの、入口すぐのところに酩酊中。
80年前に虚子ご一行が見たものとは違うものとのことでした。

  百年をきのふのごとく灯涼し   正子
                                       (高田正子)

                       ♪
                       ♪


                   

  
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by shinyurikara | 2013-07-25 15:33 | てくてく武蔵野  

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