2012年 10月 01日 ( 1 )

 

てくてく武蔵野(4)大利根

9月21日(金)、神奈川に住む者としては、果てしなく遠くまで行くことになりました。
利根川の堤に突き当たるまで北上するのです。利根川を超えると群馬県。上州です。

などと言っても今では湘南新宿ラインという便利な路線もあり、快速ならば久喜まで新宿からたったの5駅目、
およそ50分です。

赤羽を過ぎ、大宮を越えると車両は貸し切りに近くなりました。窓の外は刈り入れを待つ稲田です。
北上するにつれ、窓の外が広くなっていきます。

  稔田を行くころ列車空きにけり   正子

久喜で東武伊勢崎線に乗換えて20分。5駅目の羽生が今日の集合場所です。
幹事のHEROさんは先に到着してタクシーを手配してくださっていました。

いつも手厚く準備してくださるHEROさんですが、今回は殊にめざましい活躍ぶりでした。

昭和6年9月9日、武蔵野探勝の虚子ご一行は長老「川島奇北」の屋敷を訪れています。
広大なお屋敷だったようですが、今は無く、虚子自らが書いた吟行記に「邸は埼玉県北埼玉郡須加村」「東武電車伊勢崎行きで羽生駅で降り、待合せて居てくれた自動車に分乗して向かった」とあるのを頼りに、およその場所を割り出して菩提寺を突き止め、さらに菩提寺「長光寺」のご住職を訪ねる約束までとりつけてくださったのです。

タクシーに分乗して稲田を抜け、最後の角を曲がると参道です。
真新しい大きな石灯籠がずらり。
思わず声を上げると、運転手氏が「この前の地震で全部やられたんですわ」。
辣腕の和尚さまのようです。

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山門の内側から外を見たところ。

命日が3日後の24日だという奇北の墓にも参らせていただきました。
HEROさんが手ずから育てたサルビアもお供えして。供花の写真はこちら。
→KUMIの句日記
http://blog.goo.ne.jp/hamakumi151617/e/35e6706f79ca1c47895ae63404f753b3

墓のすぐ後ろが利根川の堤です。

  大利根に秋風を聴く忌日かな   正子

上流に雨が降らず水不足を言われていますが、それでいてこの川幅です。
板東太郎の常のお貌を拝しに、出直して来なければ。

  草刈りし後きちきちのまづ戻る  正子
  さまざまに鳴き重なりて邯鄲も

帰路、駅までの道すがら、先行のタクシーが急に脇道に入っていきました。
後に続きますと、大きな空き地の傍らで停車しました。空き地には柿の一木、奥に白壁の土蔵が見えます。
ああ、ここが「奇北邸」だったところなのでした。

  すぐそこといふ秋風のかなたかな   正子

今回、HEROさんの「句集を差し上げるように」という命には、もう7年も前のだから、と言いつつ抗いきれず、
『花実』(ふらんす堂)をお持ちしました。
「ちょっと待って。ちょうど出来てきたものが」と頂戴したのがこちら。

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『随流去(ずいりゅうこ)』(MOKU出版)2012年10月刊

和尚さまの出来たての御本と物々交換と相成りました。九拝。

                                                (髙田正子)


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                            ♪
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by shinyurikara | 2012-10-01 16:25 | てくてく武蔵野