カテゴリ:てくてく武蔵野( 9 )

 

てくてく武蔵野(9)明治神宮

2014年1月22日(水)。
20日にスローなスタートを切った今年ですが、2度目の吟行は神宮の杜へ。
夜来の雨は朝までに上がり、うらうらと晴れた朝。暖かな一日になりそうです。

20日過ぎの初詣、と考えればのろま感が否めませんが、
せっかくの神宮なので、新年のお詣り気分は味わっておきたいですし、
あいにく(?)暖かですが、大寒のさなかでもありますし、
寒中の気分にもひたっておきたいところです。

虚子ご一行が武蔵野探勝で神宮へ詣ったのは昭和13年1月2日。
「戦勝の目出度いお正月……」の書き出しで、赤星水竹居がレポートしています。
その日も「元日に降つた雨も綺麗に晴れ渡つて」「まぶしき程の冬日が照りかゞやいて」いた模様。

  お降りともう呼べぬ雨上がりけり   正子
  神宮の杜匂ひだす冬日かな   

一の鳥居をくぐり、杜の懐へ入ります。
おそらく80年前はもっと樹間もすいて、丈低く、見通しが利いていたに違いありません。
今はしんしんと冷えていく感じ、と思いつつ進んでいきますと……。

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ワインの樽がこんなに!
フランスから贈られたもののようです。
「鶴ヶ峰」では酒の神がまたがっていましたが、ここでまたお目にかかろうとは。

参道を挟んで反対側には清酒の樽が。

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こちらは目に親しい光景とも言えましょう。

二の鳥居は木造の大鳥居です。
現在の鳥居は2代目で、虚子らがくぐったものとは異なります。

  二の鳥居すつかり冷えてくぐりけり   正子

お詣りの前に、御苑へ。
小径が日溜まりの広場へと開け、ほっとして池の傍に寄りますと、
なんと池の向こう半分は厚い氷に覆われていました。

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日向ぼこに適う木のベンチもあって、しばらく静かな光に浸りました。

  氷見るためのベンチとなりゐたり   正子
  かはせみは氷の池を棲処とし

そうそう、去年の夏以来、すっかり親しい存在となった翡翠ですが、
今日も目の前を何往復もして、碧い光を閃かしてくれました。

奥の菖蒲田では、
落葉を除き、枯れた株を葉の一筋ずつを掻いて整える作業が、今まさに進行中でした。
丁寧に一株ずつ仕上げて、地を這うように移動していきます。
園丁の位置を境に、向こうとこちらとではまるで景色が違うのです。
見事な花が咲くわけです……。
こうべを深く垂れました。

  菖蒲田に春待つ仕事果てしなく   正子

御本殿の廻廊には、小中学生の選りすぐりの吉書が貼り巡らされていました。
筆勢強く、頼もしく。
怠けたおとなの目には眩しすぎるほどでした。

  どの吉書にも青雲のこころざし   正子

                                (高田正子)

                   ♪
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by shinyurikara | 2014-01-27 21:44 | てくてく武蔵野  

てくてく武蔵野(8)鶴ヶ峰

8月21日(水)。
粘りつく暑さの中、11名ものメンバーが時刻通りに集合。
相鉄線鶴ヶ峰駅は、自動車教習所で有名(?)な二俣川の隣駅です。

  相鉄線、初めて乗ったよ
  二俣川って遠い所だと思っていたのに、こんなに近くて驚いた

沿線の方々に叱られそうなことを口々に、みんな朝から元気です。
そういう私も、家の者から、

  そこ武蔵野なの?

と言われて出て来ましたが、かの『武蔵野探勝』に該当回を担当した赤星水竹居も、

「武蔵野探勝と云っても、此頃は……云はば関八州を横行して探勝することになったが、……」(畠山重忠公霊堂 昭和9年8月5日)

と記しています。
水竹居記すところの「相模の盆地」を、今日は鎌倉の昔を偲びつつ歩くのです。

それにしても一歩一歩に道が溶けそう。
昨日より気温が下がると予報が出ていたはずなのに。

 ↓幹事のHeroさんが探してくださった地図

http://www.city.yokohama.lg.jp/asahi/madoguchi/chishin/chikatsu/pdf/asahisanpo3-1.pdf

標だけになった「首洗い井戸」「鎧の渡し」を通過し、「首塚」に手を合わせ、
「さかさ矢竹」では吹き上がってくる川風に少しだけ涼んで、またとぼとぼと歩きます。

ぴくりともしない蒸し暑い空気にとうとう音を上げ、
ちょうど見えてきたコミュニティハウスで休ませていただくことに。
道を逸れて下っていくと、

  プールがあるぞ
  幼稚園のプールかな
  あ、おとなもいる

おじさんが、見えたものをいちいち言葉にするのは、どうしたわけでしょう。
私は、自分が子どもだったころや、自分の子が幼かったころのことを思い出しましたけれど。

  プールよりプールサイドのママが好き   正子

そして到った「薬王寺」。
ここには六ツ塚と呼ばれる6つの土饅頭があります。
畠山重忠公と付き随った130余騎が葬られているそうです。
境内に大きな塚が1つと小ぶりな塚が2つ、小径を隔てた木立の中に3つ、
……6つの塚は肩を寄せ合っているのかと思っていましたがそうでもなく、
また土饅頭そのものは、

  六塚や皆夏草の土饅頭   水竹居

と詠まれた昭和9年当時と、おそらくは同じさまであろうと思われました。

ここから句会場となる「白根地区センター」までが、またうねうねと遠いのですが、
ときどきいちめんの葛の葉に少し風が立ってくることもあって……。

  街道をずんずん逸れてさやけしや   正子

たどり着いたセンターは下手に「白糸の滝」があり、それが虚子たちが「ポトポト歩い」て向かった「不動滝」であろうとHeroさんが言います。
奇しくも私たちは必然があって歩いてしまいましたが、
虚子ご一行の句会場は薬王寺だったのですから、

  滝を見て帰り路のこと思ひけり  拓水
  倒れずによくも歩きぬ暑き道    虚子

とは、まことにむべなるかな。

「滝と云つてもホンの名ばかりで、横幅は少し広いが、つまり一間半位の高さの崖を水がすべり落ちるまでのことで誠に他愛もなき眺めであった」(水竹居)

と記された滝。
80年経った今はどうなっているでしょう。

道を渡ると水音が急に近づいてきます。
「滝音」ではないなあと思いつつも、茹だった耳には十分に心地良く、足が速まります。

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  水音のやや涼しきを滝と呼び   正子

80年前には「学生達が沢山来てキャムプをしてゐた」り、「滝水に打たれに来たり滝前のお堂に籠りに来たりする人が絶間なき模様であつた」といいます。
愛され方は昔とは違うかもしれませんが、土地の人が大切に「滝」と呼ぶ水に合掌。

帰りがけにもう一度覗いてみたら、なんと翡翠が!
枝から水際へ、さらに滝の上へ跳んでしばらく佇み、森の奥へ飛び去りました。

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あらら、違うモードで撮ってしまったようです。
さっきまでこの隙間に翡翠がいました。
やっぱりありがたき滝なのでした。                  (高田正子)

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by shinyurikara | 2013-08-23 16:09 | てくてく武蔵野  

てくてく武蔵野(7)生麦麦酒工場

7月24日(水)、今日の行き先は生麦。
今は麒麟麦酒工場で有名ですが、田舎育ちの私にとっては最初に歴史の授業で知った地名です。

学校では血なまぐさい事件のことしか教わりませんでしたが、
麦酒工場の地としても古く、発祥は明治のはじめまで遡るようです。
今となっては、事件も麦酒も同じくらい昔と言えましょう。

明治21年のラベル。
古来動物が描かれている洋酒のラベルにならい、東洋の「動物」として麒麟が選ばれたのだそうです。

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生麦へは神奈川へ引っ越してきた年(たぶん)に一度来ています。
子どもの留守狙いの吟行句会を起ち上げた当初で、小学校が退けるまでに戻らなければなりませんから、もちろん工場見学はパス。
庭のあたりを嵐のように駆け抜けたのみです。

  蒲の穂の打ち合ふ薄き光かな   正子

は、このときの句だったはずです。
また、メンバーのおひとりのお嬢さんが、休校日で一緒にいらしていました。

  畏まる少女のまへにソーダ水   正子

すごく緊張して可愛らしかった彼女も、もう社会人なのですって。

その日帰り際に、通路にプランターが(記憶の中では2つ並んで)出されているのに気づきました。
ふさふさ青々として何だろうと近づくと、名札に「ホップ」と。 
これが! というのが唯一の麦酒工場らしい思い出です。

今日は工場内の見学通路に、麦芽とホップが展示されていました。
つまみ上げるとほろほろと崩れ、苦いような甘いような匂いがしました。

  干しあげてホップに旱星の色   正子

試飲コーナー(というより立派な食堂ですが)には、ビールの出る蛇口がずらりと並んでいて、できたてのビールを3杯まで試せるのだそうです。
世間では駆けつけ3杯と言ったりしますが、3杯は私にとっていっぱいです。
おいしいのに。
くやしいなあ。

  横浜の由緒正しき麦酒とも         正子
  ほらささやいてゐる樽の生ビール
  飲み干せぬこともたのしきビールかな

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このかたはガンブリヌスという独逸から渡来した麦酒の神さまだそうです。
虚子の『武蔵野探勝』には「ガンブリス」として登場しています。

「紅毛の寿老人のやうなその神さまは、便々たる麦酒太りの腹をつきだし、その腹のやうな麦酒樽にどかと腰を卸してゐた。(第60回昭和10年7月7日の項 富安風生)」

工場敷地内のパブの、入口すぐのところに酩酊中。
80年前に虚子ご一行が見たものとは違うものとのことでした。

  百年をきのふのごとく灯涼し   正子
                                       (高田正子)

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by shinyurikara | 2013-07-25 15:33 | てくてく武蔵野  

てくてく武蔵野(6)六郷堤

5月25日(土)、川崎の読売カルチャーの方々と、六郷の堤まで歩きました。

  堤まで葉桜の空仰ぎつつ   正子

この講座は、私が新人賞をいただいた年の10月に開講し、すでに7年目となります。
去年6周年を記念して合同句集を作りました。
メンバーの半分がここで初めて俳句を始めた方々ですから、記念碑的なものとなるように、あれこれ知恵を絞り合い、ささやかながら愉しい一集ができました。

刊行後すぐに40歳と80歳の新メンバーを迎え、
更におひとりの方のご主人さまが病床から投句をなさるようになり、
ますます「面白い」会となりました。
俳人と呼ばれる人たちで囲む句座とは、当然趣が異なりますが、
なんとも言えないコクがあって旨いのです。

六郷というのは東京側の地名ですから、
行ったのは、正確にはその向かい、川崎側の堤までです。
かつては川崎駅から川崎大師まで、真夏の堤をノンストップで歩き通したメンバーですが、このところ不調続きの方もおられ、ならばと、近場も近場、普通に歩けば10分ほどの堤を目的地に定めたのでした。

25日は、昼に向かってだんだん晴れていきましたが、気温はさほど上がらす、涼しい風の吹き渡る、絶好の吟行日和となりました。

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堤からJRの鉄橋(海のほう)を見るとこんな感じです。
川は大きく蛇行しています。
鉄橋の右側すぐに川崎駅があります。川を渡ると東京都です。

  対岸に武州を臨む涼しさよ   正子

実はここは、3月20日(水、春分の日)、
新百合のメンバーと一緒に訪れた場所でもあります。
そのときは『武蔵野探勝』の記事に則り、80年を遡る当時「安田運動場」と呼ばれていたあたり(ここよりかなり上流)を、例によってHeroさんが割り出してくださり、うろうろしたのでした。

  見えてゐて春の堤のなほ遠し   正子

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                                        ▲3月の河原から

その日は暑いくらいの陽気で、市街のビルが、霞だか花粉だかに煙っていました。

  川崎にビルの霞める河原かな   正子  
  高空は風強からむ揚雲雀   

そうそう久しぶりに雲雀も見たのでした。 
なんと、すーっと落ちてきて、送電線にちょんと止まったのです。
何かに止まった雲雀なんて、初めて見ました。

体感的には3月のあの日のほうが、5月の今日より暑いくらいでした。
まあ、さすがにそんなことはないのでしょうけれども。

  葉桜の道をゆるゆる戻られよ   正子

準備のため、お昼をとる皆さんと別れて一足先に戻りましたが、
なんとそこへ「1日体験」希望の方が現れました。
ひゃ~、あぶないあぶない! お待たせしてしまうところでした。

句会は生きものです。
初学ベテランを問わず、新しいひとを迎えると空気が変わります。
居心地良く、且つ刺激的に。
まず私自身がたのしむをモットーに、さて次は何をしましょうか。
                                           (正子)


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by shinyurikara | 2013-05-25 23:58 | てくてく武蔵野  

てくてく武蔵野(5)浜町から浅草へ

1月23日(水)。
『武蔵野探勝』をたどる会の初吟行です。

都営新宿線の浜町駅改札を出ると、

  おや、早いですね

と言いたそうな顔つきのHeroさんが立っていました。
以前浦安へ行ったとき、私は乗り継ぎに失敗して5分遅刻したのです。
でもその次に川越へ行ったときには30分前に着いて、珍しくHeroさんより早かったし、
遅刻は今のところその1回だけ(のはず)なのですけどね……。

今日の予定は、浜町公園から両国を経由して浅草まで。
最近参加人数が増えて、ファミレスに飛びこみで句会をするわけにはいかなくなってきました。
句会場を確保できたのが浅草なので、少しばかり長めの道中が予定されています。

3名ほどが時刻になっても現れないので、もしかすると、と公園方面への階段を上りますと――、

  あ、やっぱりみんな、中にいたんだな
  僕たち、寒いところで待っていたのに

その割ににこにこしているのは、通りかかった焼藷屋さんで「買物」をしたというYamaさんです。

Yamaさんは現役のビジネスマンです。
会社には休暇届を出して今日はれっきとした休日なのですが、
急な電話が入っても対応できるようにと、背広にネクタイの(吟行らしからぬ)お姿でのご参加です。

  初句会仕事を抜けて来た男   正子

ビルになってしまった明治座をちらりと見て、浜町公園へ。
入口すぐの広場では、なんと凧揚の真っ最中です。
80年前、虚子ご一行がやって来たときにも、「放心するほど」「夥しい凧」が揚がっていたと、
吟行録にあります。

〈字凧、絵凧、奴凧、鳶凧、虻凧、蟬凧、飛行機凧、こんな色々の凧がひよろひよろと揚り、飈々と揚り、翩翻と揚り、ふらふらと傾き、ぐるぐると廻転し、ペカペカとひるがへり、糸は縦横に空をわたり頭上を掠め、顔の前を横ぎり、子供等は駆けり、転び、寝そべり、男の子も居れば、女の子も居り、大人も居れば、相撲取も居り、そしてみんな凧に関心をもつてゐるのだ。(山口青邨)〉

凧揚なら浜町公園という伝統ができてしまったのかも。

  集まつてきていろいろの凧(いかのぼり)  正子
  子どもらに大川端の凧日和

今日来ていたのは、どこかの幼稚園の子どもたちでした。
ビニル袋に紐をつけた凧から、竹ひごの骨に和紙を貼って絵を描いた凧まで、全部手作りです。
糸がこんがらがってしまったり、芽吹き始めた枝にひっかかったり、
あたりは蜂の巣をつついたような音に満ち満ちていました。

  いかのぼり貸しておくれよとも言へず  正子   
  揚げなほす凧に救急絆創膏   
  子どもらの手作り凧の空低し

ゆるやかな空気の中を墨東へ渡り、両国へ。
ふっと佳き香りがすると、お相撲さんが近くを歩いていて、よそ者の私たちはその都度どきどきするのですが、
町の人たちは皆、当たり前の顔をしている不思議な空間。

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ゆっくりしたいところですが、タクシーに分乗して浅草へワープ。
浅草には先週の雪がまだたっぷり残っていました。

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  え、うそ、雪!? 

と、すぐに蹴りに行ったのは、湘南にお住まいのSatoさん。
お宅の近くには、かけらも残っていないのですって。
そういえば、ここより少し南というだけですが、浜町にも雪はありませんでした。

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句会を終えてもう一度戻ったら、ライトアップされていました。
昼間の浅草寺しか知らなかったな。
夜の観音さまに、もう一度わが家の受験生をお願いして、帰ることに致しましょう。

                                                (正子)

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by shinyurikara | 2013-02-17 19:20 | てくてく武蔵野  

てくてく武蔵野(4)大利根

9月21日(金)、神奈川に住む者としては、果てしなく遠くまで行くことになりました。
利根川の堤に突き当たるまで北上するのです。利根川を超えると群馬県。上州です。

などと言っても今では湘南新宿ラインという便利な路線もあり、快速ならば久喜まで新宿からたったの5駅目、
およそ50分です。

赤羽を過ぎ、大宮を越えると車両は貸し切りに近くなりました。窓の外は刈り入れを待つ稲田です。
北上するにつれ、窓の外が広くなっていきます。

  稔田を行くころ列車空きにけり   正子

久喜で東武伊勢崎線に乗換えて20分。5駅目の羽生が今日の集合場所です。
幹事のHEROさんは先に到着してタクシーを手配してくださっていました。

いつも手厚く準備してくださるHEROさんですが、今回は殊にめざましい活躍ぶりでした。

昭和6年9月9日、武蔵野探勝の虚子ご一行は長老「川島奇北」の屋敷を訪れています。
広大なお屋敷だったようですが、今は無く、虚子自らが書いた吟行記に「邸は埼玉県北埼玉郡須加村」「東武電車伊勢崎行きで羽生駅で降り、待合せて居てくれた自動車に分乗して向かった」とあるのを頼りに、およその場所を割り出して菩提寺を突き止め、さらに菩提寺「長光寺」のご住職を訪ねる約束までとりつけてくださったのです。

タクシーに分乗して稲田を抜け、最後の角を曲がると参道です。
真新しい大きな石灯籠がずらり。
思わず声を上げると、運転手氏が「この前の地震で全部やられたんですわ」。
辣腕の和尚さまのようです。

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山門の内側から外を見たところ。

命日が3日後の24日だという奇北の墓にも参らせていただきました。
HEROさんが手ずから育てたサルビアもお供えして。供花の写真はこちら。
→KUMIの句日記
http://blog.goo.ne.jp/hamakumi151617/e/35e6706f79ca1c47895ae63404f753b3

墓のすぐ後ろが利根川の堤です。

  大利根に秋風を聴く忌日かな   正子

上流に雨が降らず水不足を言われていますが、それでいてこの川幅です。
板東太郎の常のお貌を拝しに、出直して来なければ。

  草刈りし後きちきちのまづ戻る  正子
  さまざまに鳴き重なりて邯鄲も

帰路、駅までの道すがら、先行のタクシーが急に脇道に入っていきました。
後に続きますと、大きな空き地の傍らで停車しました。空き地には柿の一木、奥に白壁の土蔵が見えます。
ああ、ここが「奇北邸」だったところなのでした。

  すぐそこといふ秋風のかなたかな   正子

今回、HEROさんの「句集を差し上げるように」という命には、もう7年も前のだから、と言いつつ抗いきれず、
『花実』(ふらんす堂)をお持ちしました。
「ちょっと待って。ちょうど出来てきたものが」と頂戴したのがこちら。

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『随流去(ずいりゅうこ)』(MOKU出版)2012年10月刊

和尚さまの出来たての御本と物々交換と相成りました。九拝。

                                                (髙田正子)


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by shinyurikara | 2012-10-01 16:25 | てくてく武蔵野  

てくてく武蔵野(3)御嶽渓谷

1999年に起ち上げた新百合AOI倶楽部は、
学齢期の子どもたちの日常に合わせ、
学校が長期休暇に入れば当然のようにお休みとなりました。
いつしか子らは皆おとなになりましたが、
暑さがこたえるようになったおとなたちのために、8月はやはりお休みであり続けているのでした。

ではありますが、8月29日(第5水)、
HEROさんがタブー破りの吟行計画を立ててくれました。
行先は御嶽渓谷。
この春、オオカミをたずねて山上を目ざし、やってきたところです。

集合場所は川井。
御嶽の1つ先の駅です。
さらに1つ先は鳩ノ巣。東京のメンバーが「遠足で来たわ」と懐かしがっていました。

  石走る仙人草を車窓より   正子

予定の電車を降り立った一行は11人。
あれ? 幹事のHEROさんだけがいません。
後でわかったことですが、そのころHEROさんは、沢井(御嶽の1つ手前)で「誰も降りてこない!!」と1人焦っていらしたのでした。

だって、案内に川井ってあったんだもーん。
沢井で降りていたら、澤乃井で利き酒ができたんですって。まあ残念。

というわけで、お互いに御嶽を目ざして歩くことになりました。

ひとり黙々と上流を目ざすHEROさんと、大勢で気ままに下る私たち。
どちらが早く御嶽に着くでしょうか……なんてことは火を見るより明らかで、御嶽に着いたHEROさんは更に上流を目ざすことに。
いえね、私たちも水際の道に降りられるまでは、せっせと歩いていたのですよ。

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川井と御嶽のほぼ中間地点で、上流を見たところ。

さすがに御嶽にはファミレスの類が無いので、
HEROさんは句会場として旅館の1室を確保してくださっていました。
予約の時刻まであと1時間ほど。

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しずかに句作に励む人も、水辺に降りて裸足になる人も。
私は岩鼻に坐り込んで、ときどき居眠りながら、とんぼを見る人になりました。

  赤とんぼとどまる高さ飛ぶ高さ   正子
  水澄んでいつか身に棲む水の音

旅館へは渓谷から急坂をのぼります。
句会場は2階の、川に臨む1室でした。

お子さまタイムから抜け出せない私たちは、今日も日のあるうちにここを去ります。
でもいつかきっと。

  川に向く窓開け放つ星月夜   正子

そのときには利き酒もね。
                                (髙田正子)


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by shinyurikara | 2012-09-02 11:16 | てくてく武蔵野  

てくてく武蔵野(2)古利根

新百合AOI倶楽部のメンバー有志による武蔵野吟行は、まもなく4回目に出かけようとしているところです。

最初はサイト本体にアップしていたHeroさんの吟行記も、ブログで更新していくことになりました。
私の「うらうら」と同様、リンクする形でサイトの1コーナーを構成します。
  参照→ http://tantadoru.exblog.jp/

参加の皆さまの思惑がいろいろで、メンバーの作品をリアルタイムで取り上げることは控えております。
「うらうら」では折に触れ、私の個人的な所感をてくてく記して参ります。

古利根に佇むために春日部へ向かったのは、7月26日(木)のことでした。
竹ノ塚ではるばる感にひたったのはついこの間のことでしたが、
その駅を一瞬にして通過し、降り立ったのはホームがいくつもある大きな駅でした。

片蔭とて無い時刻。
道を渡るだけで、溶けそうです。

『武蔵野探勝』に「軒先に小さい絵馬をかけてある荒物屋」とあるのはこれかな、という店の軒先に、盆飾りが出ていました。
今も荒物屋と呼べはしますが、裏手には蔵が続く大店でした。

そこを抜けるとすぐに川。
「川は遥かに北の方に現はれて、この粕壁の町裏を浸して又遥かに南の方に森の中に隠れ消えて行く。
極めてゆるやかな水の流れである。
流るゝ水の音も無い」
と佐藤漾人が80年前に記した通りの景色が広がっていました。

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  下るとも遡るとも川涼し   正子

鳰の親子を見つけてしばし暑さを忘れた話は、Heroさんのブログ参照。

  鳰の子も負はれて育つとは知らず   正子

 
80年前は「明日から祭礼」だった八幡神社にも寄りました。
今日も見事な緑蔭をなしていましたが、祭は果てた後のよう。
日盛りの道をワープするために呼んだタクシーは、奇しくも同じく3台でした。

  木洩日の木椅子を祭名残とし   正子
  三台に分乗したる油照  

タクシーの運転手氏から、街のそこここに立つ銅像のナゾは伺えましたが、ワープはあっという間に終了。
今度は「新川」沿いに、再びとぼとぼと歩きます。

川面を移りゆく刈藻屑も、藻を潜って泳ぐ村の子も、川向うの麦打も今は無く、
ただ無音の白い土手の道がまっすぐに続いているのでした。

  幻の麦打唄を川向う   正子

                                      (髙田正子)

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by shinyurikara | 2012-08-28 17:39 | てくてく武蔵野  

てくてく武蔵野(1)下高井戸~玉川上水跡

このブログは本来、鎌倉あるきに励むために起ち上げたのでしたが、
なんとまあ、また新しい試みが加わってしまいました。
脚は2本しかないのに、どうしましょう。

新しい試みでは、武蔵野を歩き回っていきます。
第1回は4月29日(日)京王線下高井戸駅で下車し、あたりを歩きました。

なぜ29日だったのか、なぜ下高井戸なのか、そもそもなぜこの企画が始まったのか、
などなど、詳しい記録は、私たちのホームページにHeroさんがアップしてくださっています。
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ここはかつて、玉川上水が滔々と流れていたところ。
今では暗渠となって地をくぐり、地上は公園になっています。

ちょうど八重桜が落花盛んなころあいでした。
流れは姿を消してしまいましたが、どの花も、かつての流れに向かって枝をさしのべているような姿をしています。

  花の枝地中の水を聴くやうに    正子
  地をくぐるかつて落花をうけし水 

今日の句には、暗渠という言葉を使うか使わないか、迷っています。
暗渠と言ってしまえば、明白なのですが。

  地をくぐる水をおもへる遅日かな   正子  

今年は「花を待つ」時間も堪能しましたし、
目黒川では開き行く桜を、鎌倉では山桜を、御嶽行きでは巻戻っていく桜を味わいました。
そして、仕上げは今日の八重桜の飛花落花……贅沢な春でした。

   
                                               (髙田正子)


        
                           ♪
                           ♪
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by shinyurikara | 2012-04-30 22:03 | てくてく武蔵野