カテゴリ:鎌倉あるき( 3 )

 

鎌倉あるき(3)松葉谷(まつばがやつ)の紫陽花

2012年6月29日。

10時から逗子海岸で海開きの神事があると聞き、はりきって早起きをしました。
案内人のJuneさんによると、浜辺にパイプ椅子が並べられ、神主さんが海に向かってお祓いをし、そのあと綺麗な女性が現れてフラダンスを見せる行事とのことですが、やはり一度行ってみたいではありませんか。

なにしろ海の無い県に生まれ育った私です。
海は夏休みの匂いがします。
魅惑的で、そして未知の世界、ゆえに畏しい存在なのです。

ところが、小田急線が遅れ、さらに東海道線が乱れていました。
藤沢のホームで落ち合ったJuneさんの判断で海開きは諦め、鎌倉駅に降り立ちました。

さあ、今日はどこへ行くのでしょう。

涅槃会に訪ねた妙本寺を抜け、八雲神社で修学旅行の一団をやり過ごし、
躑躅で有名な安養院にさしかかりますと、山門に板東三十三観音第三番札所とあります。
ということは、「藍生」の連衆がかつて板東吟行で訪れた寺ということです。

西国、四国、板東、秩父と「藍生」でずっと続いていた観音霊場をめぐる吟行企画も、本年みごとに満行となりました。
西国の第1回は、ときおり雪片の舞う石山寺でした。
もう20年も昔のことです。
当時私は大阪に住んでいましたが、そのときが長女出産(前年8月)後のはじめての遠出でしたから、数字に間違いはありません。

核家族の母親にとってこの企画への参加は、切望しつつも簡単ではありませんでした。
なにしろ赤ん坊が成人してしまうほどのロングラン企画です。
同行できていたら、どんなにかすばらしかったことでしょう。
今、晴れやかな主宰とご一行のお顔を仰ぎ見ながら、切ない不信心者なのであります。

「うらうら」の起ち上げは偶然のなりゆきではありましたが、
書き継ぐことが、我が手に戻ってきた時間を吟行にささげる証にもなる、と、
今更ですが気づいた次第です。

山門の外から礼をして安養院を過ぎ、国道を逸れて谷戸の奥つ方へ。
小流れに橋をかけた瀟洒な家が建ち並んでいます。

何の変哲も無さそうな流れですが、螢が出ることもあるのだとか。
そう聞いて、俄然見る目の変わる私でした。

  白南風や一家に一つ小さき橋   正子
  螢か或いはもののふの魂か     

道に迷ったりもして行き着いた先は妙法寺。
鎌倉の苔寺と呼ばれる寺です。
ここは、安房から来た日蓮上人が初めて庵を結んだ地と伝えられます。

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苔のきざはし。下に見えるのは仁王門です。

  苔の花濡れて光るを一生(ひとよ)とす   正子

私たちが着いたとき、奥から現れたひとりとすれ違いましたが、それきり誰にも会いませんでした。
  
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お隣の安国論寺。紫陽花の花盛りでした。               (髙田正子)



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by shinyurikara | 2012-08-03 23:55 | 鎌倉あるき  

鎌倉あるき(2)実朝の山桜

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2012年4月13日、北鎌倉六国見山(ろっこくけんざん)頂上の山桜。

麓の住宅街から、急な石段をのぼり、さらに坂道をのぼり継ぐと、小さな展望台に出ます。
その最後の数段をのぼりきると、真正面に、この花の頂きがありました。

よいしょ、こらしょ、どっこら……わあ!

と、こんな間合いです。

六国見山は山桜の山ですが、花を見ながら、というより、大樹の幹を見ながらのぼってきていますから、いきなり花の頂きと真向かうことになって、息を呑みました。

展望台から南を見ると、向かいにも花の山。
左手にすこし霞んで光っているのは由比ヶ浜のあたりです(全然それらしく写っていませんが、そうなのです)。

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鎌倉の山桜は、吉野の花を愛でた実朝が移植させたものの末裔と、同行のJuneさんが言っています。
若くして散った実朝ですが、その子孫がこんな形で遺っているのだと思いました。

  実朝のさくらの裔の盛りなり  正子

  実朝の花のふぶける潮かな

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反対側は横浜方面。ベイブリッジが見える……らしいです。

六国見山とは、文字通り六つの国を見られる山の意だそうですが、
「けんざん」の音が、何とはなしに面白いです。

六国は、ここ相模とお隣の武蔵、伊豆、駿河、海を隔てた安房、上総でしょうか。
展望台から海に向かって右手には、首まで霞に浸かった富士山が、
頂きのみを見せていました。

  花びらを六つの国に飛ばすとや  正子

山を下りて仰ぐと、頂上の展望台のあたりは、富士山よりも白いほど。
つい先ほどまで、まさに山桜又山桜の中にいた私たちだったのでした。

                                         (髙田正子)


 
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by shinyurikara | 2012-04-15 16:52 | 鎌倉あるき  

鎌倉あるき(1)ぶるぶるの涅槃会

勝手歩きは、うらうらと佳き日和に、という気分で名づけたのでしたが、
うらうら が うろうろ とか おろおろ になるのは、火を見るよりも明らか。

せめて、あらあら や おらおら にはなりませんように。

鎌倉あるきは、4月を待たず、すでに衝動的にスタートしています。
もとよりブログのブの字も思い浮かんでいなかったので、写真はありませんが、
さかのぼって、初・涅槃会in鎌倉 のレポートから始めます。

 ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・

涅槃会とは、釈迦入滅の日とされる2月15日に行われる法会のことです。
寺によって作法が異なるようですが、涅槃図を掲げて、種々の法事を行います。

涅槃図は、釈迦入滅のさまを描いた宗教画です。
画家による筆致の違いはありますが、いくつかの約束事を正しく踏まえて描かれています。

中央には、北枕に右脇を下にして釈迦が横たわり、
その周りには弟子たちや鳥獣があまた、嘆き悲しんでいます。
沙羅双樹は時ならぬ花をつけ、間に合わなかった薬の包みは傍らに掲げられたまま、
天上から雲に乗って生母・摩耶夫人が馳せ参じ、そしてすべてを見守るように満月が輝いています。

  涅槃図をあふるる月のひかりかな  黒田杏子『花下草上』

という師匠の句を思い出します。

私が訪れたのは、鎌倉駅近くの日蓮宗の寺、妙本寺です。
正面に涅槃図。和尚さまの両脇にふたりの僧侶が坐り、まず三人による誦経が、
そののち和尚さまの講話がありました。

誦経は三つの声のトーンがすばらしくハーモニックで、聴き入るうちにうっとり寝入りそうになりました。
ゆるやかに生が遠のくことを「入滅」と言うのだろうか、などと思いもしました。

涅槃図は15日一日限りで再び蔵にしまわれます。
一年のうちのこの日のみ、この世の空気に触れるのです。

私が鎌倉へ行ったのは、今のカレンダーの2月15日でしたが、入滅の日とされるのは陰暦の2月15日です。
ですから、月は必ず満月(望月)となるわけですが、
陰暦二月如月の望月といえば、この歌を思い出すでしょう。

  願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月の頃   西行

「きさらぎの望月の頃」は花(桜)の咲く候であったようです。

陰暦2月15日は、新暦にすると毎年日にちが変わるのですが、およそ3月から4月にかけての頃。
今年の2月15日は常よりひと月遅れくらいの気候で、
すべての花にさきがけて咲くとされる梅の花すら咲いておらず、
ますますかけ離れたイメージの一日となりました。

  涅槃会にひとつの花もまにあはず  正子

「花ではなく、梅と詠んだほうが今年らしい」と言った人もありましたが、
きさらぎの望月の行事ですから、ここは是非花としたいものです。
桜の意のみならず、一般名詞の花と解していただいてもよいかと思いますが、いかがでしょうか。


(日本経済新聞電子版 2012/3/3 掲載記事より抜粋&加筆  髙田正子)
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by shinyurikara | 2012-03-26 17:15 | 鎌倉あるき