カテゴリ:故きを温ね( 22 )

 

故きを温ね(22)岐阜

たて続けに岐阜へ行って参りました。
1度目は5月上旬に日帰りで、2度目は6月の上旬に1泊で。

岐阜は私のふるさとですが、
両親が健在であったころには、出たきりに近い不孝娘でしたから、将来親もいないのに毎月行く事態が発生するとは、思ってもみませんでした……。

駅前に43階建てのタワービルが完成していました。
どこまで見えるかしら。
がらがらと鞄を引きずって、上ってみました。

43階というのはかなりスゴイです。北側正面に城山が見えました。

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例によって携帯で撮っていますので、豆粒ですらありませんが、山のてっぺんの「点」が岐阜城です。
もう少し引くと、右から左へ流れる長良川も入るのですが、携帯では無理でした。

そのまま右のほうへ視線をずらすとこんな感じ。

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城山は金華山と呼ばれていますが、その尾根続きの名もない山々です。
私の実家はこの山ふところにありました。
いちばん手前の半島のような部分の向こう側にあたります。
もわもわしていて分かりづらい上、見えないのですから困ったものです。

そのまま南へ少しずれますと、

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まん中の緑の染みのようなものが(たぶん)前一色山。
すぐ左側の箱状のものが(たぶん)県立岐阜病院。母が亡くなった病院です。
その左側に長森中学校、更に左側に長森北小学校があるはずですが、よく分かりません。
学校近辺の農道が四車線の道路になっていてたまげたこともありましたが、こうして見ますと、もう土の部分が見つかりません。
田んぼも畑も、どこへ行ってしまったんでしょう。

翌朝、ホテルの窓から。

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実家があったのは、ちょうどこの山の反対側になります。
子どもの私は、いつも日表にあるお城を仰いでいたので、逆光のお城は不思議な光景でした。

  あをあをと山きらきらと鮎の川   正子

去年作った句です。
この句を次の句集の巻頭句にしようと考えています。(正子)


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by shinyurikara | 2014-06-07 18:06 | 故きを温ね  

故きを温ね(21)木場

樹氷、ではありません。

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氷柱のようです。

2014年初吟行で、木場公園へやってきました。
1月20日(月)大寒。
年が改まってすでに半月以上の、スローなスタートです。
思いの外ぬくい、と思いながら歩いていましたが、思いがけないところに初氷柱発見。

通りがかりの人が、

  いつもこの木だけにできるんですよ。
  去年の雪の日なんて、すごく綺麗でしたよ。

と教えてくれました。

  ことごとく氷柱となつて滴りぬ  正子

耳を澄ましていると、かそけき音がしています。少し風があるのかもしれません。
あ、鵯!
何をしにきたのでしょう。
ああ、がさがさしないで。
ほら、いっせいに氷柱が降ってきました……。

木場はその名の通り、かつては木材を扱う町でした。
現在その役割は新木場に移り、貯木場であったところにこの公園ができたというわけです。

広い広い公園です。
聞けば、地下は大江戸線の車庫になっているのだとか。

アップダウンの激しい土地に住み、
目の端には必ず丘や山が入り込んでいる日常を送る私にとって、
このひたすら平らな感じは何か不安ですらあります。
平らな地面にお椀のようにかぶさった空も、一度にどさーっと崩れて来そう……、
なんて杞憂を抱いていたわけではありません。
が、心のどこかにそんな砕片を抱いていたのかなあ、と思わないでもありません。

  大寒のなほ定まらぬ空模様   正子

公園のまん中あたりを東西に貫く仙台堀川、
東側に沿って南北に流れ、その先で西に大きく曲がる大横川は運河です。
今は材木を浮かべることもなく、昏い、けれども思っていた以上に透き通った水を湛えています。

すでに昼近く。
雲が増えたり減ったりしていた空は、すっかり青空となり、日が濃くなってきました。
さざ波すら立たない水面を見つめていると、
なにか一辺の極度に長い直方体、たとえば羊羹のようなものと向き合っている気がしてきます。

鴨が一羽、長い水尾を引いて音も無く滑っていきました。

  大寒の水の押し合ふ運河かな  正子

                              (高田正子)

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by shinyurikara | 2014-01-22 22:16 | 故きを温ね  

故きを温ね(20)雑草園〈3〉

玄関をあがると小さなホールがあって、左右に廊下が延びています。
右手は10畳の書斎、

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左手が台所、風呂場です。

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書斎であった和室には、ぎっしりと「夏草」の並ぶ棚や、庭に落ちてきた弾筒を花入れにしたもの、ドライフラワーとなった紅の花、……。

そしてこれはもしかすると、『雑草園』第1ページ、3句目の

  かぶさりて火を吹きをるよ大火鉢

なのでは!? (と勝手に決めて騒いできた火鉢)

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からくりのような、こんな細工物もありました。
最初はこう。

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へ~んしん!

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決して若くない女4人組でしたが、何か見つけては騒ぐので、

  今日は賑やかでいいねえ

と喜ばれたのか、呆れられたのか……。

杉並区にあったころ、雑草園は2区画を占め、1区画分を庭にあてていたそうです。移築されたのちは、家屋はもとのまま、庭も窓から見える範囲の、敷石などはそのまま再現したそうですが、面積はかなり縮小された、とご自身も「樹氷」に属する俳人でいらっしゃる、雑草園守の男性が教えてくださいました。

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青邨先生の目にもこう映っていたということですね。

鳥の餌台や、

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こんな可愛いものも。

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雪の季節にはすべてが雪に埋もれ、家屋も雪の残る3月までは閉ざされるのだそうです。

  雪国へ付き随へる蟇   正子

初めての松島。
初めての雑草園。
初めての「後泊」付き、2泊3日の旅でした。                 (高田正子) 

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by shinyurikara | 2013-08-19 00:27 | 故きを温ね  

故きを温ね(19)雑草園〈2〉道すがら

雑草園の朝は10時から

と聞き、6月10日(月)は9時にロビーで待ち合わせ、ゆるゆる歩いて向かいました。

どこへも新幹線で行けるようになり、便利で快適です。
が、どこで降りても駅前の雰囲気が似ています。
知らない街でも知っている街のようで、間違えて降りてもしばらく気づかないかも……。

そんなことを思いながら3分ほどで「駅前」ではなくなり、さらに行くと立派な神社が現れました。
諏訪神社、とあります。

何も知らずに訪れてしまいましたが、実はここは長野の諏訪大社ゆかりの「パワースポット」なのだそうです。
門前の商店街は、この日この時刻にはまだ目覚め前で、アーケードにはがらんどうの雰囲気すら漂っていましたが、たとえば7月14日には「きゅうり天王さん」の祭があって、大賑わいするといいます。
ためしにググってみたら、別人(?)のような写真が出て来ました。

  北国のきうり旨しよ来てもみよ   正子

さらに驚いたことには、諏訪神社の末社の1つが八坂神社で、
「きゅうり天王(=牛頭天王)」さんの祭とは、本来八坂神社の祭なのだとか。

「驚いた」のは、単に来月(八坂神社の夏祭である)祇園祭の京都へ行くという、偶発的個人的な事情によるものではありますが、ふいに思い出されたのが、

  だあれも見とらん思ったらあかん。天の神さまはお見通しや

と子どものころに言い含められた母の言葉です。
天網とは、やおよろずの神々の情報網なのかもしれません。

  六月の空あをし叱られし日も   正子

詩歌文学館は詩歌の森という広大な公園の中にあります。
北上駅のほうからアクセスすると、この公園に南東角から足を踏み入れることになりますが、そこから広場を斜めに突っ切ったところに「雑草園」があります。
駐車場を隔てて向かい側が文学館のエントランスです。

着いたのは10時少し前で、
ちょうど2代目雑草園守の男性が雨戸を開けていらっしゃいました。

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  急いで開けますから、どうぞどうぞ

というお言葉に甘え、私たちはさっさと上がり込みましたが、
写真の後ろ姿の女性はいらっしゃいませんでしたね……。
昼頃まで、雑草園を独占していましたもの。

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私たち、とうとう来ることができたのですね。        (高田正子)

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by shinyurikara | 2013-08-18 18:20 | 故きを温ね  

故きを温ね(18)雑草園〈1〉北上へ

これまで幾度も耳にし、昨今ではしばしば文字にもしてきた「雑草園」。
2013年6月10日(月)、ついにその敷居を跨ぐことができました。

「雑草園」は、山口青邨先生が慈しまれた杉並区和田本町にあったお住まいのことです。
ご逝去ののち、北上市の日本現代詩歌文学館に移築復元されました。

『雑草園』はまた、先生の第一句集のタイトルでもあります。
新百合AOI倶楽部の分科会活動の1つとして、私たちは2012年春、ブログ「青邨に学ぶ」(http://zassoen24.exblog.jp/)を起ち上げ、『雑草園』の作品鑑賞を始めました(現在は第二句集の『雪国』を鑑賞中)。 

家の中の雰囲気、庭のレイアウトを、こんなんかな、あんなんかなと想像するうちに、

  やはり実物を見てみないと!
  たとえ今は住んでいる人がいなくても……

と思いが募ってゆきました。

そしてチャンスはやってきました。
藍生の全国大会が、今年は松島で開かれたのです。
実は松島行も(恥ずかしながら)私は初めてで、願いが一度に2つかなえられる旅となりました。

6月8日、9日の大会終了後、松島から仙台へ出、北へ行く新幹線に乗り換えて、北上へ。

  夕星やみちのおくへと青田波   正子
  六月の夜風のいろの旅衣

                                     (高田正子)

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by shinyurikara | 2013-08-18 18:05 | 故きを温ね  

故きを温ね(17)日本橋

3月18日(月)、日本橋三越のライオンに初めて会いました。
そう初めてなのです。
これまで、地下から用事のある階まで直行するだけで済ませていましたから。

銀座のライオンくんのようなイメージを抱いて来ましたが、より重々しく、より淋しく……、
と思ったのは、風の強い、春塵が渦をなすような日だったからかもしれません。

近くににんべんの「だしBar」があるというので、今日はそこからスタートすることに。
交差点のはす向かいにある大きなビル(コレド室町)に入ると、すぐに「だし場」と看板があります。
おお、こう書いて「だしBar」ですか! おっしゃれ~。

透き通った黄金色のだしをふうふう啜りながら、ひとりの姐さまに報告しました。

  ご心配をおかけしましたが、次女、おかげさまで決まりました。

  え、決まった!? ほんと! よかったねえ。第1志望?

  そうなんです。驚いたことに! ほんまに何の奇跡か……。

天神さまにも浅草の観音さまにも、実はほかにも祠や鳥居を見るたびに、
お願いしてきた次女の大学受験が終わりました。
しかも、もっとも嬉しいかたちで。
内心、もう1年というやつを覚悟していただけに、
この先どちらを向いて歩けばいいのやらと、立ち尽くす気分でもあります。
もしかして急に綱を解かれた犬や、籠の扉を開け放たれた鳥って、こういう気持ちなのでしょうか!?

とりあえずライオン。次はだし場。と、ひとつひとつ数えるようにして、方向感覚を戻しましょう。

にんべんに隣接して、刃物の「木屋」もビルの中です。
時代の求める形なのだと思いつつも、昔の「御店(おたな)」に漂っていた湿った匂いが懐かしい。
ふるさとの家の、居間や台所に座ったときの空気の感じにすこし似ていた気もして。
もっとも私の場合、ふるさとの家はもうありませんから、よけいにそう思うのでしょう。

さて「日本橋」は町の名前であり橋の名前です。
「町の名+橋」が橋の名となるよくあるパターンと違って、「日本橋」橋とは言わないのですから、単に「日本橋」と言ったとき、町を指すのか、橋を指すのか、それは判断が難しい、などと変なことを考えてしまいました。

  日本橋獅子と麒麟と春塵と   正子

日本橋の柱には青銅製の不思議な生きものが鎮座ましましています。
傍らの説明書きによると、それは獅子と麒麟だそうで、たしかに、あ、なるほど、の顔つきです。

  吹き溜まる春の落葉も潮の香も  正子

それにしても風は一向に収まりません。
吹き飛ばされそう、と言いつつ、飛ばされませんでしたが、
俳句も散り散りなまま、まとまりませんでした。

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そんな中、はっと目をひいたのがこの桜。
小さな交番にかぶさるように、細かな花を震わせていました。

  魁けて交番前のさくらかな   正子

                                     (正子)


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by shinyurikara | 2013-05-23 14:30 | 故きを温ね  

故きを温ね(16)ふたたびの湯島天神


2月25日(月)、梅の湯島天神に参りました。
去年の七五三に来合わせたときには菊花展をしていたなあ、と思いつつ、
日の当たっていそうな夫婦坂からアプローチ。

今日の夫婦坂も日だまりでした。
メトロの出口からいちばん近く、上る段数も少なくてお薦めです。
ただやはりここは裏口なのでしょう。
正面から入った感覚が必要なときには、向きません。

いろいろありましたが、わが家の次女は、本日二次試験の日を迎えました。
朝、弁当をつくって最寄りの駅まで送って母の仕事を終え、ちょうど湯島でという吟行会にやってきたのです。

  送り出す子に日が眩し大試験   正子

本当は大試験ではなく入学試験ですが、俳句の上ではそういうことに。

  白梅や天神さまに願あらた  正子

境内の絵馬の山を見るにつけても、この期に及んで合格をお願いするのは図々しい気がして、
しっかり向き合えますように、と手を合わせました。

25日は天神さまの縁日。梅祭開催中でもあって、なかなかの人出です。
御礼詣りの皆さま、おめでとうございます、という声も聞こえてきます。

  白梅に御礼まゐりの人出かな   正子
  日だまりに老若男女受験生

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せっかくの湯島の白梅に添えられた禿頭のようなものは、どうやら私の指のよう。
例によって携帯で撮っていますが、眩しい日には携帯の画面がよく見えません。
おおよその見当で撮って、あとで何の写真かわからなくなることはままあるのですが……。

今日の境内は、この一幹のみがほぼ満開。
よく晴れた、風の冷たい一日でした。
                                     (正子)

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by shinyurikara | 2013-03-02 17:55 | 故きを温ね  

故きを温ね(15)霞ヶ関

2月11日(月)建国記念日。
休日の霞ヶ関へやってきました。

私は東京メトロ千代田線で参りましたが、霞ヶ関駅で降りたのはほんの数名。
地下道を歩く人もほとんどいません。

3Aの出口から出ると、「霞が関跡」という標柱がありました。

  「跡」って?

傍らの解説によりますと、昔々関所があり、雲や霞の向こうに景色を眺めることができたので、この名がついたのだそうです。ただ、確かなのは武蔵野国にあったことだけで諸説があり、ここだと確定しているわけではなさそうです。『江戸名所図絵』の「桜田御門の南、黒田家と浅野家の間の坂をいふ」云々に従うと、ここらあたりになるようですが。

物心がついて以来、霞が関=中央官公庁街以外に考えたこともありませんでしたが、
いたずらに関の名がついていたわけでもなかったのでした。

  関ありしあたりを深く霞むなり   正子

歌川廣重の描いた「霞がせ紀」には、海が見え、凧がいくつも揚がっています。
今はもちろん海も遠くなっていますが、見えるのはビルばかり。凧などあり得ません。

  海つ方とふ春の空まぶしみぬ   正子

今から20年ほど前、「藍生」の連衆が吟行企画でここを訪れています。
記録をひもときますと、当時はお濠に黒鳥がつがいで棲みついていたようです。

  鴨翔ちて黒鳥のまた相寄れる  黒田杏子

という主宰の句もあります。
さすがにそのときの黒鳥はもういないでしょう。
が、子孫に期待してお濠を覗いてみることにしました。

それにしても皇居は広い。行けども行けども景色が変わりません。

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お濠は静かでした。
鴨の姿も、さがしてやっと数羽。

  雲に入りしや白鳥も黒鳥も  正子

いささか邪道ながら、「鳥雲に入る」のつもり。
もっとも、かつての黒鳥しかり、お濠の水鳥は帰らないそうですが。

日比谷公園に入ると、奥へ進むにつれ、
東京中の雀が集まってきているのではないかと思えるほどの雀に遭遇。
雀だけではありません。鵯も椋も、鴉も鳩も。みんなつややかで、のびのびしています。
片足のない鳩ですら、そそけた羽根をしていません。
ただ、人の食べ物を拾い食いして肥っているようでもあり、生活習慣病が心配です。

風もなく、うらうらとした天気に、噴水のあたりで思わず寝入りそうになっていますと、女子高生の、

  きゃあ~、なんでこんなに雀がいるのぉ

という声が。
本当だ。ベンチの後ろのヒマラヤ杉の下枝に、鈴生りと言いましょうか、むずがゆいほど雀が生っています。

立ちすくんでおりますと、雀らは次々に地を覆う蔦の葉の上に。
あまりに多くて、おしくらまんじゅうをしているように見えるのですが、
するりするりと蔦の下にもぐっていってもいるのです。

あ、中から椋が飛び出しました。ホバリングした後、再び中へ。
んーー、ちょっとめくってみてもいいでしょうか……。

  逃水を追うて雀のお宿まで   正子

いつぞやの亀のように、またしても写真を撮りそこねました。
しかたないですね、雀のお宿ですから、。
                                      (正子)

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by shinyurikara | 2013-02-18 11:48 | 故きを温ね  

故きを温ね(14)浅草


12月21日(金)冬至。
賑わいの戻った浅草にやってきました。

仲見世をまっすぐ抜けて、まずはお詣り。
実はここは今から数十年前(と書いてから驚いています)、田舎から出て来て母と合格祈願をしたところ。
なにやらゆかりを覚える観音さまなのです。

先回の天神さまのうぐいすは、毎朝次女の枕の下で鳴いてくれています。
ちゃあんと起きてくるんですもの。さすがの御利益です。
観音さまには、残りの数か月、受験生活をまっとうに送れるようお願いすることにしましょう。

それにしても今日は寒いからでしょうか。
境内に鳩の姿が見えません。
私も句帳を取り出すのがなんだか億劫です。

  まれびとを吸ひ極月の花屋敷   正子
  振売もいでて浅草年の市
  しぐるるや六区通りにさしかかり

かつて浅草六区と呼ばれた界隈には、六区通りと標識を立てた小綺麗なストリートが出現していました。
歩きやすいですけれどね。

浅草公会堂にさしかかると、白菊の花籠が目に入りました。

  あら、どなたかお亡くなりに?

公会堂前の床には有名人の手形がはめこまれています。
ずらりと並んだ手形。
1つずつ見ていくと、手形なのか、その人自身なのか、わからなくなってきます。

その白菊は、小沢昭一氏の手形に添えられていました。

  またひとつ故人の手形霜の菊   正子

待ち合わせの雷門の方角へ、ぶうらぶうらとシフトしていきます。
鬘や踊の衣裳、刀剣、刷毛、古時計、江戸切子、……それにしても随分といろいろな物が売られているものです。
中にこんなものを発見。

  討入の衣裳一式年の市  正子

句会に出したら、面白い評が得られました。

  年の市だから、討入はもう終わっているわけでしょう。
  あ、古着だと。
  行きそびれた誰かが、もういらねえ、とばかりに。

こういうやりとりこそが句会の醍醐味でしょう。

久しぶりに岐阜からいらしたAneさまは、今朝は5時起きでいらしたとか。
枕元にご主人がぬうっと現れ「おい起きろ」。駅まで送ってくださったのだそうです。

  名古屋で新幹線に乗り込むころにようやく夜が明けてきてね。

わかるわかる。私にとっても通い慣れた道でしたから。

  新幹線乗つて冬至の朝ぼらけ   正子

                              (髙田正子)

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by shinyurikara | 2013-01-05 13:13 | 故きを温ね  

故きを温ね(13)湯島天神

11月15日(木)、まさに七五三当日の行き先は湯島天神でした。

前日、夫が次女に、もじもじしながら手渡したのが天神さまの合格守。
  あらあ、湯島? 明日行くよ、私も。
  え、そうなの?

仕事の帰りにわざわざお詣りしたお父さんと、吟行のついでを考えていたお母さんを持つ娘は、高校三年生です。
受験生ですが、風向きが滅法あやしく、起きられない、食べられない、もちろん勉強なんてできるわけな~いという日々が続いていました。

10月の終わりにひと月越しで検査の最終結果が出て、身体的にはまずは不問となりました。
ほっとしましたが、あとは手伝えない領域。母としては肚をくくって待つほかありません。

そんなわけで、うかうか歩きを続けております。

このところ坂巡りの様相すらありますが、湯島天神にも、男坂、女坂がありました。

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                        ▲男坂    ▼女坂
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裏手には夫婦坂も。
あえて日溜まりに設けた坂なのでしょうか。境内でいちばん暖かかったのがこの傍らです。

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境内では菊花展が開催中。
カメラを持った人、手帳を持った人、さまざまに賑わっていました。
日の当たるところには、見事に仕立てられた鉢がずらりと。

  千本の日向の菊となりにけり    正子

でもずっと歩いていると、

  首ひとつづつにも見えて菊花展  正子

という気分になってくる私は、臍曲がりなのでしょうか。

七五三当日の割に、それらしき人出が少なかったのは、平日だからでしょう。
それにしても、パパママは当然のこととして、付き添いのおじいちゃまおばあちゃまが若く見えます。
うーむ。ま、理由は考えるまでもありませんけど……。

  父母とその父母と七五三       正子
  赤いべべ着てお転婆よ七五三

そしてさすがに受験期の天神さま。
出花の番茶や煎茶が、マフラーの色や柄もとりどりに、笑いさざめいておりました。

  また混んで小春のお札売場かな  正子

お母さんが「ついで」に受けた御守は、うぐいすを象った身体守です。
「○番の方~」という巫女さんの声に、病院の順番待ちを思い出し、絵馬の行列は避けたのでした。

  これはね、朝、すっきり起きられる御守なんだよ。

枕に敷いて寝るようにすすめてみようと思います。
                              (髙田正子)


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by shinyurikara | 2013-01-03 17:18 | 故きを温ね