近況報告

やっと第三句集が出来ました。

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冒頭の句を、

  あをあをと山きらきらと鮎の川   正子

にしようと六月の時点では考えていましたが、
そうするとそれに続いて母恋の句がぞろぞろ並ぶ次第となって、
いささかきまりが悪いので、変更することにしました。

  剪定の一枝がとんできて弾む   正子

この句は先の句集『花実』を刊行した翌年の春に作りました。
前の句集に続くという意味では適った句かと思います。

そういうわけで、ふるさとがらみの句は第二章にまとめ、
第一章には、一枝が弾むのを目の当たりにした百花園の句を収めました。

ひとまず九年分の句を肩から降ろすことができましたので、
また一からぼちぼち歩いて行こうと思います。          (正子)

                        ♪
                        ♪
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# by shinyurikara | 2014-12-06 18:44  

故きを温ね(22)岐阜

たて続けに岐阜へ行って参りました。
1度目は5月上旬に日帰りで、2度目は6月の上旬に1泊で。

岐阜は私のふるさとですが、
両親が健在であったころには、出たきりに近い不孝娘でしたから、将来親もいないのに毎月行く事態が発生するとは、思ってもみませんでした……。

駅前に43階建てのタワービルが完成していました。
どこまで見えるかしら。
がらがらと鞄を引きずって、上ってみました。

43階というのはかなりスゴイです。北側正面に城山が見えました。

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例によって携帯で撮っていますので、豆粒ですらありませんが、山のてっぺんの「点」が岐阜城です。
もう少し引くと、右から左へ流れる長良川も入るのですが、携帯では無理でした。

そのまま右のほうへ視線をずらすとこんな感じ。

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城山は金華山と呼ばれていますが、その尾根続きの名もない山々です。
私の実家はこの山ふところにありました。
いちばん手前の半島のような部分の向こう側にあたります。
もわもわしていて分かりづらい上、見えないのですから困ったものです。

そのまま南へ少しずれますと、

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まん中の緑の染みのようなものが(たぶん)前一色山。
すぐ左側の箱状のものが(たぶん)県立岐阜病院。母が亡くなった病院です。
その左側に長森中学校、更に左側に長森北小学校があるはずですが、よく分かりません。
学校近辺の農道が四車線の道路になっていてたまげたこともありましたが、こうして見ますと、もう土の部分が見つかりません。
田んぼも畑も、どこへ行ってしまったんでしょう。

翌朝、ホテルの窓から。

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実家があったのは、ちょうどこの山の反対側になります。
子どもの私は、いつも日表にあるお城を仰いでいたので、逆光のお城は不思議な光景でした。

  あをあをと山きらきらと鮎の川   正子

去年作った句です。
この句を次の句集の巻頭句にしようと考えています。(正子)


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                         ♪
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# by shinyurikara | 2014-06-07 18:06 | 故きを温ね  

てくてく武蔵野(9)明治神宮

2014年1月22日(水)。
20日にスローなスタートを切った今年ですが、2度目の吟行は神宮の杜へ。
夜来の雨は朝までに上がり、うらうらと晴れた朝。暖かな一日になりそうです。

20日過ぎの初詣、と考えればのろま感が否めませんが、
せっかくの神宮なので、新年のお詣り気分は味わっておきたいですし、
あいにく(?)暖かですが、大寒のさなかでもありますし、
寒中の気分にもひたっておきたいところです。

虚子ご一行が武蔵野探勝で神宮へ詣ったのは昭和13年1月2日。
「戦勝の目出度いお正月……」の書き出しで、赤星水竹居がレポートしています。
その日も「元日に降つた雨も綺麗に晴れ渡つて」「まぶしき程の冬日が照りかゞやいて」いた模様。

  お降りともう呼べぬ雨上がりけり   正子
  神宮の杜匂ひだす冬日かな   

一の鳥居をくぐり、杜の懐へ入ります。
おそらく80年前はもっと樹間もすいて、丈低く、見通しが利いていたに違いありません。
今はしんしんと冷えていく感じ、と思いつつ進んでいきますと……。

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ワインの樽がこんなに!
フランスから贈られたもののようです。
「鶴ヶ峰」では酒の神がまたがっていましたが、ここでまたお目にかかろうとは。

参道を挟んで反対側には清酒の樽が。

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こちらは目に親しい光景とも言えましょう。

二の鳥居は木造の大鳥居です。
現在の鳥居は2代目で、虚子らがくぐったものとは異なります。

  二の鳥居すつかり冷えてくぐりけり   正子

お詣りの前に、御苑へ。
小径が日溜まりの広場へと開け、ほっとして池の傍に寄りますと、
なんと池の向こう半分は厚い氷に覆われていました。

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日向ぼこに適う木のベンチもあって、しばらく静かな光に浸りました。

  氷見るためのベンチとなりゐたり   正子
  かはせみは氷の池を棲処とし

そうそう、去年の夏以来、すっかり親しい存在となった翡翠ですが、
今日も目の前を何往復もして、碧い光を閃かしてくれました。

奥の菖蒲田では、
落葉を除き、枯れた株を葉の一筋ずつを掻いて整える作業が、今まさに進行中でした。
丁寧に一株ずつ仕上げて、地を這うように移動していきます。
園丁の位置を境に、向こうとこちらとではまるで景色が違うのです。
見事な花が咲くわけです……。
こうべを深く垂れました。

  菖蒲田に春待つ仕事果てしなく   正子

御本殿の廻廊には、小中学生の選りすぐりの吉書が貼り巡らされていました。
筆勢強く、頼もしく。
怠けたおとなの目には眩しすぎるほどでした。

  どの吉書にも青雲のこころざし   正子

                                (高田正子)

                   ♪
                   ♪


  
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# by shinyurikara | 2014-01-27 21:44 | てくてく武蔵野  

故きを温ね(21)木場

樹氷、ではありません。

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氷柱のようです。

2014年初吟行で、木場公園へやってきました。
1月20日(月)大寒。
年が改まってすでに半月以上の、スローなスタートです。
思いの外ぬくい、と思いながら歩いていましたが、思いがけないところに初氷柱発見。

通りがかりの人が、

  いつもこの木だけにできるんですよ。
  去年の雪の日なんて、すごく綺麗でしたよ。

と教えてくれました。

  ことごとく氷柱となつて滴りぬ  正子

耳を澄ましていると、かそけき音がしています。少し風があるのかもしれません。
あ、鵯!
何をしにきたのでしょう。
ああ、がさがさしないで。
ほら、いっせいに氷柱が降ってきました……。

木場はその名の通り、かつては木材を扱う町でした。
現在その役割は新木場に移り、貯木場であったところにこの公園ができたというわけです。

広い広い公園です。
聞けば、地下は大江戸線の車庫になっているのだとか。

アップダウンの激しい土地に住み、
目の端には必ず丘や山が入り込んでいる日常を送る私にとって、
このひたすら平らな感じは何か不安ですらあります。
平らな地面にお椀のようにかぶさった空も、一度にどさーっと崩れて来そう……、
なんて杞憂を抱いていたわけではありません。
が、心のどこかにそんな砕片を抱いていたのかなあ、と思わないでもありません。

  大寒のなほ定まらぬ空模様   正子

公園のまん中あたりを東西に貫く仙台堀川、
東側に沿って南北に流れ、その先で西に大きく曲がる大横川は運河です。
今は材木を浮かべることもなく、昏い、けれども思っていた以上に透き通った水を湛えています。

すでに昼近く。
雲が増えたり減ったりしていた空は、すっかり青空となり、日が濃くなってきました。
さざ波すら立たない水面を見つめていると、
なにか一辺の極度に長い直方体、たとえば羊羹のようなものと向き合っている気がしてきます。

鴨が一羽、長い水尾を引いて音も無く滑っていきました。

  大寒の水の押し合ふ運河かな  正子

                              (高田正子)

                ♪
                ♪

  

  
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# by shinyurikara | 2014-01-22 22:16 | 故きを温ね  

てくてく武蔵野(8)鶴ヶ峰

8月21日(水)。
粘りつく暑さの中、11名ものメンバーが時刻通りに集合。
相鉄線鶴ヶ峰駅は、自動車教習所で有名(?)な二俣川の隣駅です。

  相鉄線、初めて乗ったよ
  二俣川って遠い所だと思っていたのに、こんなに近くて驚いた

沿線の方々に叱られそうなことを口々に、みんな朝から元気です。
そういう私も、家の者から、

  そこ武蔵野なの?

と言われて出て来ましたが、かの『武蔵野探勝』に該当回を担当した赤星水竹居も、

「武蔵野探勝と云っても、此頃は……云はば関八州を横行して探勝することになったが、……」(畠山重忠公霊堂 昭和9年8月5日)

と記しています。
水竹居記すところの「相模の盆地」を、今日は鎌倉の昔を偲びつつ歩くのです。

それにしても一歩一歩に道が溶けそう。
昨日より気温が下がると予報が出ていたはずなのに。

 ↓幹事のHeroさんが探してくださった地図

http://www.city.yokohama.lg.jp/asahi/madoguchi/chishin/chikatsu/pdf/asahisanpo3-1.pdf

標だけになった「首洗い井戸」「鎧の渡し」を通過し、「首塚」に手を合わせ、
「さかさ矢竹」では吹き上がってくる川風に少しだけ涼んで、またとぼとぼと歩きます。

ぴくりともしない蒸し暑い空気にとうとう音を上げ、
ちょうど見えてきたコミュニティハウスで休ませていただくことに。
道を逸れて下っていくと、

  プールがあるぞ
  幼稚園のプールかな
  あ、おとなもいる

おじさんが、見えたものをいちいち言葉にするのは、どうしたわけでしょう。
私は、自分が子どもだったころや、自分の子が幼かったころのことを思い出しましたけれど。

  プールよりプールサイドのママが好き   正子

そして到った「薬王寺」。
ここには六ツ塚と呼ばれる6つの土饅頭があります。
畠山重忠公と付き随った130余騎が葬られているそうです。
境内に大きな塚が1つと小ぶりな塚が2つ、小径を隔てた木立の中に3つ、
……6つの塚は肩を寄せ合っているのかと思っていましたがそうでもなく、
また土饅頭そのものは、

  六塚や皆夏草の土饅頭   水竹居

と詠まれた昭和9年当時と、おそらくは同じさまであろうと思われました。

ここから句会場となる「白根地区センター」までが、またうねうねと遠いのですが、
ときどきいちめんの葛の葉に少し風が立ってくることもあって……。

  街道をずんずん逸れてさやけしや   正子

たどり着いたセンターは下手に「白糸の滝」があり、それが虚子たちが「ポトポト歩い」て向かった「不動滝」であろうとHeroさんが言います。
奇しくも私たちは必然があって歩いてしまいましたが、
虚子ご一行の句会場は薬王寺だったのですから、

  滝を見て帰り路のこと思ひけり  拓水
  倒れずによくも歩きぬ暑き道    虚子

とは、まことにむべなるかな。

「滝と云つてもホンの名ばかりで、横幅は少し広いが、つまり一間半位の高さの崖を水がすべり落ちるまでのことで誠に他愛もなき眺めであった」(水竹居)

と記された滝。
80年経った今はどうなっているでしょう。

道を渡ると水音が急に近づいてきます。
「滝音」ではないなあと思いつつも、茹だった耳には十分に心地良く、足が速まります。

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  水音のやや涼しきを滝と呼び   正子

80年前には「学生達が沢山来てキャムプをしてゐた」り、「滝水に打たれに来たり滝前のお堂に籠りに来たりする人が絶間なき模様であつた」といいます。
愛され方は昔とは違うかもしれませんが、土地の人が大切に「滝」と呼ぶ水に合掌。

帰りがけにもう一度覗いてみたら、なんと翡翠が!
枝から水際へ、さらに滝の上へ跳んでしばらく佇み、森の奥へ飛び去りました。

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あらら、違うモードで撮ってしまったようです。
さっきまでこの隙間に翡翠がいました。
やっぱりありがたき滝なのでした。                  (高田正子)

                         ♪
                         ♪
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# by shinyurikara | 2013-08-23 16:09 | てくてく武蔵野