故きを温ね(20)雑草園〈3〉

玄関をあがると小さなホールがあって、左右に廊下が延びています。
右手は10畳の書斎、

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左手が台所、風呂場です。

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書斎であった和室には、ぎっしりと「夏草」の並ぶ棚や、庭に落ちてきた弾筒を花入れにしたもの、ドライフラワーとなった紅の花、……。

そしてこれはもしかすると、『雑草園』第1ページ、3句目の

  かぶさりて火を吹きをるよ大火鉢

なのでは!? (と勝手に決めて騒いできた火鉢)

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からくりのような、こんな細工物もありました。
最初はこう。

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へ~んしん!

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決して若くない女4人組でしたが、何か見つけては騒ぐので、

  今日は賑やかでいいねえ

と喜ばれたのか、呆れられたのか……。

杉並区にあったころ、雑草園は2区画を占め、1区画分を庭にあてていたそうです。移築されたのちは、家屋はもとのまま、庭も窓から見える範囲の、敷石などはそのまま再現したそうですが、面積はかなり縮小された、とご自身も「樹氷」に属する俳人でいらっしゃる、雑草園守の男性が教えてくださいました。

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青邨先生の目にもこう映っていたということですね。

鳥の餌台や、

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こんな可愛いものも。

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雪の季節にはすべてが雪に埋もれ、家屋も雪の残る3月までは閉ざされるのだそうです。

  雪国へ付き随へる蟇   正子

初めての松島。
初めての雑草園。
初めての「後泊」付き、2泊3日の旅でした。                 (高田正子) 

                        ♪
                        ♪
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# by shinyurikara | 2013-08-19 00:27 | 故きを温ね  

故きを温ね(19)雑草園〈2〉道すがら

雑草園の朝は10時から

と聞き、6月10日(月)は9時にロビーで待ち合わせ、ゆるゆる歩いて向かいました。

どこへも新幹線で行けるようになり、便利で快適です。
が、どこで降りても駅前の雰囲気が似ています。
知らない街でも知っている街のようで、間違えて降りてもしばらく気づかないかも……。

そんなことを思いながら3分ほどで「駅前」ではなくなり、さらに行くと立派な神社が現れました。
諏訪神社、とあります。

何も知らずに訪れてしまいましたが、実はここは長野の諏訪大社ゆかりの「パワースポット」なのだそうです。
門前の商店街は、この日この時刻にはまだ目覚め前で、アーケードにはがらんどうの雰囲気すら漂っていましたが、たとえば7月14日には「きゅうり天王さん」の祭があって、大賑わいするといいます。
ためしにググってみたら、別人(?)のような写真が出て来ました。

  北国のきうり旨しよ来てもみよ   正子

さらに驚いたことには、諏訪神社の末社の1つが八坂神社で、
「きゅうり天王(=牛頭天王)」さんの祭とは、本来八坂神社の祭なのだとか。

「驚いた」のは、単に来月(八坂神社の夏祭である)祇園祭の京都へ行くという、偶発的個人的な事情によるものではありますが、ふいに思い出されたのが、

  だあれも見とらん思ったらあかん。天の神さまはお見通しや

と子どものころに言い含められた母の言葉です。
天網とは、やおよろずの神々の情報網なのかもしれません。

  六月の空あをし叱られし日も   正子

詩歌文学館は詩歌の森という広大な公園の中にあります。
北上駅のほうからアクセスすると、この公園に南東角から足を踏み入れることになりますが、そこから広場を斜めに突っ切ったところに「雑草園」があります。
駐車場を隔てて向かい側が文学館のエントランスです。

着いたのは10時少し前で、
ちょうど2代目雑草園守の男性が雨戸を開けていらっしゃいました。

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  急いで開けますから、どうぞどうぞ

というお言葉に甘え、私たちはさっさと上がり込みましたが、
写真の後ろ姿の女性はいらっしゃいませんでしたね……。
昼頃まで、雑草園を独占していましたもの。

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私たち、とうとう来ることができたのですね。        (高田正子)

                       ♪
                       ♪


  
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# by shinyurikara | 2013-08-18 18:20 | 故きを温ね  

故きを温ね(18)雑草園〈1〉北上へ

これまで幾度も耳にし、昨今ではしばしば文字にもしてきた「雑草園」。
2013年6月10日(月)、ついにその敷居を跨ぐことができました。

「雑草園」は、山口青邨先生が慈しまれた杉並区和田本町にあったお住まいのことです。
ご逝去ののち、北上市の日本現代詩歌文学館に移築復元されました。

『雑草園』はまた、先生の第一句集のタイトルでもあります。
新百合AOI倶楽部の分科会活動の1つとして、私たちは2012年春、ブログ「青邨に学ぶ」(http://zassoen24.exblog.jp/)を起ち上げ、『雑草園』の作品鑑賞を始めました(現在は第二句集の『雪国』を鑑賞中)。 

家の中の雰囲気、庭のレイアウトを、こんなんかな、あんなんかなと想像するうちに、

  やはり実物を見てみないと!
  たとえ今は住んでいる人がいなくても……

と思いが募ってゆきました。

そしてチャンスはやってきました。
藍生の全国大会が、今年は松島で開かれたのです。
実は松島行も(恥ずかしながら)私は初めてで、願いが一度に2つかなえられる旅となりました。

6月8日、9日の大会終了後、松島から仙台へ出、北へ行く新幹線に乗り換えて、北上へ。

  夕星やみちのおくへと青田波   正子
  六月の夜風のいろの旅衣

                                     (高田正子)

                            ♪
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# by shinyurikara | 2013-08-18 18:05 | 故きを温ね  

てくてく武蔵野(7)生麦麦酒工場

7月24日(水)、今日の行き先は生麦。
今は麒麟麦酒工場で有名ですが、田舎育ちの私にとっては最初に歴史の授業で知った地名です。

学校では血なまぐさい事件のことしか教わりませんでしたが、
麦酒工場の地としても古く、発祥は明治のはじめまで遡るようです。
今となっては、事件も麦酒も同じくらい昔と言えましょう。

明治21年のラベル。
古来動物が描かれている洋酒のラベルにならい、東洋の「動物」として麒麟が選ばれたのだそうです。

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生麦へは神奈川へ引っ越してきた年(たぶん)に一度来ています。
子どもの留守狙いの吟行句会を起ち上げた当初で、小学校が退けるまでに戻らなければなりませんから、もちろん工場見学はパス。
庭のあたりを嵐のように駆け抜けたのみです。

  蒲の穂の打ち合ふ薄き光かな   正子

は、このときの句だったはずです。
また、メンバーのおひとりのお嬢さんが、休校日で一緒にいらしていました。

  畏まる少女のまへにソーダ水   正子

すごく緊張して可愛らしかった彼女も、もう社会人なのですって。

その日帰り際に、通路にプランターが(記憶の中では2つ並んで)出されているのに気づきました。
ふさふさ青々として何だろうと近づくと、名札に「ホップ」と。 
これが! というのが唯一の麦酒工場らしい思い出です。

今日は工場内の見学通路に、麦芽とホップが展示されていました。
つまみ上げるとほろほろと崩れ、苦いような甘いような匂いがしました。

  干しあげてホップに旱星の色   正子

試飲コーナー(というより立派な食堂ですが)には、ビールの出る蛇口がずらりと並んでいて、できたてのビールを3杯まで試せるのだそうです。
世間では駆けつけ3杯と言ったりしますが、3杯は私にとっていっぱいです。
おいしいのに。
くやしいなあ。

  横浜の由緒正しき麦酒とも         正子
  ほらささやいてゐる樽の生ビール
  飲み干せぬこともたのしきビールかな

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このかたはガンブリヌスという独逸から渡来した麦酒の神さまだそうです。
虚子の『武蔵野探勝』には「ガンブリス」として登場しています。

「紅毛の寿老人のやうなその神さまは、便々たる麦酒太りの腹をつきだし、その腹のやうな麦酒樽にどかと腰を卸してゐた。(第60回昭和10年7月7日の項 富安風生)」

工場敷地内のパブの、入口すぐのところに酩酊中。
80年前に虚子ご一行が見たものとは違うものとのことでした。

  百年をきのふのごとく灯涼し   正子
                                       (高田正子)

                       ♪
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# by shinyurikara | 2013-07-25 15:33 | てくてく武蔵野  

てくてく武蔵野(6)六郷堤

5月25日(土)、川崎の読売カルチャーの方々と、六郷の堤まで歩きました。

  堤まで葉桜の空仰ぎつつ   正子

この講座は、私が新人賞をいただいた年の10月に開講し、すでに7年目となります。
去年6周年を記念して合同句集を作りました。
メンバーの半分がここで初めて俳句を始めた方々ですから、記念碑的なものとなるように、あれこれ知恵を絞り合い、ささやかながら愉しい一集ができました。

刊行後すぐに40歳と80歳の新メンバーを迎え、
更におひとりの方のご主人さまが病床から投句をなさるようになり、
ますます「面白い」会となりました。
俳人と呼ばれる人たちで囲む句座とは、当然趣が異なりますが、
なんとも言えないコクがあって旨いのです。

六郷というのは東京側の地名ですから、
行ったのは、正確にはその向かい、川崎側の堤までです。
かつては川崎駅から川崎大師まで、真夏の堤をノンストップで歩き通したメンバーですが、このところ不調続きの方もおられ、ならばと、近場も近場、普通に歩けば10分ほどの堤を目的地に定めたのでした。

25日は、昼に向かってだんだん晴れていきましたが、気温はさほど上がらす、涼しい風の吹き渡る、絶好の吟行日和となりました。

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堤からJRの鉄橋(海のほう)を見るとこんな感じです。
川は大きく蛇行しています。
鉄橋の右側すぐに川崎駅があります。川を渡ると東京都です。

  対岸に武州を臨む涼しさよ   正子

実はここは、3月20日(水、春分の日)、
新百合のメンバーと一緒に訪れた場所でもあります。
そのときは『武蔵野探勝』の記事に則り、80年を遡る当時「安田運動場」と呼ばれていたあたり(ここよりかなり上流)を、例によってHeroさんが割り出してくださり、うろうろしたのでした。

  見えてゐて春の堤のなほ遠し   正子

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                                        ▲3月の河原から

その日は暑いくらいの陽気で、市街のビルが、霞だか花粉だかに煙っていました。

  川崎にビルの霞める河原かな   正子  
  高空は風強からむ揚雲雀   

そうそう久しぶりに雲雀も見たのでした。 
なんと、すーっと落ちてきて、送電線にちょんと止まったのです。
何かに止まった雲雀なんて、初めて見ました。

体感的には3月のあの日のほうが、5月の今日より暑いくらいでした。
まあ、さすがにそんなことはないのでしょうけれども。

  葉桜の道をゆるゆる戻られよ   正子

準備のため、お昼をとる皆さんと別れて一足先に戻りましたが、
なんとそこへ「1日体験」希望の方が現れました。
ひゃ~、あぶないあぶない! お待たせしてしまうところでした。

句会は生きものです。
初学ベテランを問わず、新しいひとを迎えると空気が変わります。
居心地良く、且つ刺激的に。
まず私自身がたのしむをモットーに、さて次は何をしましょうか。
                                           (正子)


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# by shinyurikara | 2013-05-25 23:58 | てくてく武蔵野