故きを温ね(7)祇園御霊会〈1〉「両手の会」の同窓会

祇園会の京都を訪ねるようになって、足かけ8年になります。
大阪に住んでいた頃、子どもを連れて一緒に吟行をしていた主婦仲間と、
今では同窓会のように繰り返している年中行事です。

世間はまだ夏休みではありませんから、会うのは7月中旬の土日休日にしています。
祇園会は7月1日から31日までの1か月間続く八坂神社の祭礼で、どの日に何をするかが曜日を問わず決まっています。
ですから、曜日を定めて訪ねると、毎年違った行事が見られることになるのです。

1年目の2005年は、中旬の土日が宵山と山鉾巡行の日にあたりました。
山鉾巡行は祭礼のハイライトですから、人出も最高です。

 
   鉾の稚児涼しく背を正しけり  正子

 
2年目の06年は、海の日の休日が第3月曜になったため、再び巡行を見ました。
この年はこの日までに梅雨が明けず、大雨の中を吟行しました。

   鉾の稚児雨の袂を重ねけり  正子

3年目の07年は、出かける予定の日に台風が来て新幹線が止まりました。
開通を待って翌朝京都へ発ち、その日のうちに戻ってきました。
京都への日帰りは生まれて初めてです。

   月鉾にきのふの雨のなかりけり  正子

4年目の08年は、12日に「鉾の曳き初め」、13日に「稚児社参」を見ました。

   鉾建のひとりは屋根に跳びにけり  正子

このころ私は今の携帯に替えたらしく(以来ずっと使っているということですが)、
フォルダに写真が残っていました。

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蔭のない四条通を八坂神社までついて歩きました。
ゆっくり進むので、ちょいちょいと土産物を物色しながら。
道草した店の涼しかったこと。
見物人はかように気楽ですが、馬上のお稚児さんは、動けないだけでも大変でしょう。

5年目の09年は、 10日に「神輿洗(みこしあらい)」を、11日に「鉾建て(ほこたて)」を見ました。

神輿洗は夜の神事です。
まだ飾りをつけていない神輿を八坂神社から四条大橋に運び、鴨川の水で清めます。

   祇園会の大路を祓ひゆく炎  正子

鉾建ては10日から始まります。
11日に私たちが見たのは、長刀鉾の真木(しんぎ=鉾の中央にそびえる柱)を建てるところでした。
横倒しにしたやぐらに真木を挿し、綱で引いて起こしてゆくのです。
積年の謎が解けた思いがしました。

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   長刀の日を刺す位置に到りけり  正子

6年目の10年は、同じ宿をとって宵山の真夜中に出る南観音山の「暴れ観音」に挑戦する、という予定を、すでに前年会ったときに立てていました。
  
ですが、岐阜の母の具合が思わしくなく、私はぎりぎりになって行き先を変更しました。
俳句とは遠い時間を過ごすつもりでいたところへ、欠席投句を促すメールが届きました。

   宵山の提灯に灯のそろふころ   正子

7年目の11年は、仲間たちが前年の企画をそのまま繰り返してくれました。

   宵山の月夜の道を戻りけり   正子

暴れ観音をこの目で見たことより、
皆で同じ宿へ帰る道すがら、月の光に長く伸びた私たちの影がまるで踊っているようで、
それがまたあまりに変で、心の奥深くに残っています。

そうして迎えた8年目の2012年なのでした。

                                      (髙田正子)

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# by shinyurikara | 2012-08-04 17:27 | 故きを温ね  

故きを温ね(6)竹ノ塚

2012年7月7日(土)。七夕。

廣重が描いた江戸の七夕図絵にひかれて、竹ノ塚へやってきました。

東武伊勢崎線のこの駅は、乗り過ごすと次は埼玉、草加になります。
路線図の前で、束の間はるばる感にひたっておりますと、岐阜からいらしたAneさんとばったり。

「おはようございます。はるばる(!)ようこそ~」

朝の雨はあがったようです。
鈍い光の中を、初めての町へ踏み出しました。

それにしても七夕といえば雨。
旧暦の行事を新暦の生活感でとらえているのですから、ひずみがあって当然ですが、
夏なのか秋なのかという、根幹の部分が怪しくなるのが辛いところです。

  七夕の朝約束のやうに雨   正子

駅を西側に出ますと、東岳寺という、たたずまいの美しい寺があります。

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もともとは浅草にあったそうですが、今、廣重はこの地に眠っています。

  廣重の墓へ手ぶらの涼しさよ   正子

しかし墓に真向かうや否や、ぅわんと藪蚊に取り巻かれました。
手ぶらを詫びて早々に退散。
それでも何匹かは連れて出てしまったようでした。

この町には、東岳寺だけでなく、都心から数多くの寺が移ってきています。
関東大震災、東京大空襲、……おそらくそういう機縁で生まれることになったのであろう、寺町と呼ばれる一画もあります。

祀られた魂も、祀られぬままになった魂も漂っているかもしれません。
私は鈍感でしみじみよかったです。

  寺町の青水無月の石畳   正子

それにしても、七夕飾りをとんと見かけぬ1日でした。
幼稚園もありましたが、土曜日でお休み。
たぶん昨日「たなばたさま」を歌って、片づけてしまったのでしょう。

そういえば朝、駅前の昭和風の商店街を抜けるとき、花屋に小さな笹飾りがありました。
ちょうど電話がかかってきたので立ち止まったのですが、
そんなことがなければ見過ごしてしまうほど、可愛らしい笹でした。

  人待つて七夕竹と吹かれたり   正子


                                        (髙田正子)


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# by shinyurikara | 2012-08-04 12:05 | 故きを温ね  

鎌倉あるき(3)松葉谷(まつばがやつ)の紫陽花

2012年6月29日。

10時から逗子海岸で海開きの神事があると聞き、はりきって早起きをしました。
案内人のJuneさんによると、浜辺にパイプ椅子が並べられ、神主さんが海に向かってお祓いをし、そのあと綺麗な女性が現れてフラダンスを見せる行事とのことですが、やはり一度行ってみたいではありませんか。

なにしろ海の無い県に生まれ育った私です。
海は夏休みの匂いがします。
魅惑的で、そして未知の世界、ゆえに畏しい存在なのです。

ところが、小田急線が遅れ、さらに東海道線が乱れていました。
藤沢のホームで落ち合ったJuneさんの判断で海開きは諦め、鎌倉駅に降り立ちました。

さあ、今日はどこへ行くのでしょう。

涅槃会に訪ねた妙本寺を抜け、八雲神社で修学旅行の一団をやり過ごし、
躑躅で有名な安養院にさしかかりますと、山門に板東三十三観音第三番札所とあります。
ということは、「藍生」の連衆がかつて板東吟行で訪れた寺ということです。

西国、四国、板東、秩父と「藍生」でずっと続いていた観音霊場をめぐる吟行企画も、本年みごとに満行となりました。
西国の第1回は、ときおり雪片の舞う石山寺でした。
もう20年も昔のことです。
当時私は大阪に住んでいましたが、そのときが長女出産(前年8月)後のはじめての遠出でしたから、数字に間違いはありません。

核家族の母親にとってこの企画への参加は、切望しつつも簡単ではありませんでした。
なにしろ赤ん坊が成人してしまうほどのロングラン企画です。
同行できていたら、どんなにかすばらしかったことでしょう。
今、晴れやかな主宰とご一行のお顔を仰ぎ見ながら、切ない不信心者なのであります。

「うらうら」の起ち上げは偶然のなりゆきではありましたが、
書き継ぐことが、我が手に戻ってきた時間を吟行にささげる証にもなる、と、
今更ですが気づいた次第です。

山門の外から礼をして安養院を過ぎ、国道を逸れて谷戸の奥つ方へ。
小流れに橋をかけた瀟洒な家が建ち並んでいます。

何の変哲も無さそうな流れですが、螢が出ることもあるのだとか。
そう聞いて、俄然見る目の変わる私でした。

  白南風や一家に一つ小さき橋   正子
  螢か或いはもののふの魂か     

道に迷ったりもして行き着いた先は妙法寺。
鎌倉の苔寺と呼ばれる寺です。
ここは、安房から来た日蓮上人が初めて庵を結んだ地と伝えられます。

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苔のきざはし。下に見えるのは仁王門です。

  苔の花濡れて光るを一生(ひとよ)とす   正子

私たちが着いたとき、奥から現れたひとりとすれ違いましたが、それきり誰にも会いませんでした。
  
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お隣の安国論寺。紫陽花の花盛りでした。               (髙田正子)



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# by shinyurikara | 2012-08-03 23:55 | 鎌倉あるき  

ご近所めぐり(6)黒川 蛍の谷戸に棲むものは

6月27日(水)。
梅雨の晴れ間とは、まさにこういう日。

小田急線新百合ヶ丘近辺にも、青田の広がる地域がありますが、
多摩線に乗って黒川あたりまで来ると、自分が今関東圏にいるということを忘れます。
月半ばに新潟の青田を見たばかりの目には、規模の違いは明らかですが、
丘のような山を背に、家の前の田畑を耕すといった風情は、私が生まれ育った田舎とまるで同じ。
ここの空気はやすらげます。

その地へ、今日は蛍吟行にやって参りました。
日のあるうちは青田を吟行し、
そののち腹ごしらえして、降りてくる闇に紛れようという計画です。

午後すこし遅めの集合時刻に、黒川の駅に出迎えてくれたのは、
今日の案内人と愛犬すずまるクンです。

「うちにも“すず”のつく手のかかるヤツ(=長女)がいるよ~」
「あらあ。すずまるは寿々丸って書くのよ」
「うちのすずはね……」

すず違いで親近感を抱く訪問者でしたが、寿々丸くんはお尻を向けてしらんぷり。
柴犬だけあって、くるりと巻きあがった尻尾が自慢! なのかもね……。

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                           photo:寿々丸ママ(2枚ともに)

青田の道もマイペースの寿々丸くん。
でもそうこうするうちに、私は気づきましたよ。
少し遠目の関係に立つと、目を合わせてくれるということに。

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   愛犬はおほかみのかほして涼し    正子

柴犬は、古くからの血を受け継ぐ古代犬種の1つといいますから、
ご先祖の狼の血が濃いのかもしれません。
遠くの寿々丸くんと目を合わせながら、
今年の春、私たちのグループが追いかけたオオカミの一部始終を思い出していました。
   ※参照→ご近所めぐり(3)(4)オオカミをさがして

聞けば、この近くにオオカミヤトと呼ばれる谷戸があるそうです。
今宵向かう蛍の谷戸で、もし黒い影とすれ違ったら……。

蛍を一つつけていたら、そうかもね。


                                       〈髙田正子)


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# by shinyurikara | 2012-07-02 14:16 | ご近所めぐり  

故きを温ね(5)蕗谷虹児記念館in新発田

2012年6月17日(日)。父の日。

夫も父も放って、私は新発田にいました。
夫のほうは、娘ふたりでなんとかしてくれることでしょうが、父には本日着でパジャマを手配したきり。
親不孝な娘でございます。

新発田へは、藍生の全国大会のために参りました。
当初17日は、福島潟へ行くつもりでいました。
が、急遽予定変更して、やって来たのは市内の蕗谷虹児記念館です。

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図書館の四角いビルの裏手に、変わった形の建物が見えます。それが目指す記念館でした。
瀟洒な扉を押すと「花嫁人形」のメロディが流れています。

三三九度の盃を手にする「花嫁」の絵が、入口すぐに掛かっていました。
切手にもなった有名な絵ですが、原画で見るとまるで違った印象です。
ポスターカラーでぺったり彩色されたイメージを抱いていましたが、絹布に繊細に色を重ねて仕上げられた、細密なものでした。
右目が少し腫れぼったく見えますが、伏せたまつげの先端に涙が一雫……。
虫眼鏡を手に、ぐぐーっと寄らなければ見えないほどの、かそけき雫でした。

この花嫁のモデルは、虹児が13歳のときに29歳で亡くなった実母なのだそうです。
絵を描いたとき、虹児は70歳。
ちなみに「花嫁人形」の詩を書いたのは25歳のとき。
虹児は生涯、母の面影を追っていたのかもしれません。

17歳のときに下宿先の人妻と問題を起こしたり、最初の妻と別れて娶った二度目の妻が自身の半分くらいの年齢だったり、まさに『源氏物語』の世界だと思いました。

私は女の身ゆえ、顕れ方は異なりますが、母に死なれることの痛さはわかります。
そういえば、例年6月のこの時期に開かれる全国大会へ参加するときには、かつては1日早く出て実家に寄ったものでした。

あるときは韜晦気味の母が「病人と呆け老人の住む家」などと言うものですから、

  老いてゆき青水無月を病みてゆき  正子

と詠んだこともありました。

そうなのです。
まったく予測していなかったことですが、私も母恋モードに陥ってしまったのでした。
今日感じ取ったものと波長を合わせると、いわゆる吟行句にはなりません。
まずいなあ。
なぜならこのあとの句会には、まさに吟行句が並ぶことになるに違いありませんから。

  振り向かず青水無月の夢の母   正子

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虹児はアール・ヌーボー調のペン画もたくさん遺したそうです。ペン画の絵はがきばかりを購入する私に、対応してくださった女性が、
「9月にはペン画ばかりの展示会をするのですよ。どうぞお越しください」と。

それもいいかもしれない。                
                                        (髙田正子)


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# by shinyurikara | 2012-06-22 00:26 | 故きを温ね